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036 蒼海に消ゆ
しおりを挟む通常のモノよりもずいぶんと大きな銛を軽々と操るのは盲目の女海賊レイハイ。
荒れ狂う海のごとき苛烈な攻め。
そんな嵐の真ん中で、迫る銛のギザギザな先端を、柄を、石突を、ことごとくさばき、いなし、かわしていたのは、青年剣士・影矛のホラン。
銛の黒い先端部分と剣の銀の刀身が幾十も交差する。
数多の火花が咲いては散ってゆく。
残光が宙に軌跡を描いては、消えてゆく。
その姿はまるで黒閃と銀閃が飛び交い、激しくぶつかり合っているかのよう。
互いに一歩も引かない状況がしばし続く。
けれどもそんな拮抗を崩したのは、足場。
ここまでゆっくりとかしいでいた黒鬼の船体が、ふいにガクンと大きく傾く。
海の上で暮らす女と陸の上で生きてきた男。
不安定な足場に、先に順応できたのはレイハイであった。
体勢を崩したホランに、レイハイの銛がここぞとばかりに襲いかかる。
銛が獲物の胸を貫こうとする。
しかしその攻撃は空を切った。
「?」
一瞬、何が起きたのかレイハイには理解できない。そして決定打をはずしたことによって生まれたのは、致命的な隙であった。
間髪入れずに迫る脅威を察して、とっさに強引に身をひねったレイハイ。
直撃こそはかわしたものの、首筋がカッと熱くなってあふれだす血に、レイハイは驚愕の表情を浮かべた。
レイハイの首筋をえぐったのはホランが隠し持っていた短刀。
足場が崩れたさいに、あえてムリに踏みとどまらず、流れに身をまかせたホラン。これによりレイハイの攻撃を回避。すこし滑り落ちたところで剣を床に突き立て我が身を止めると、すかさず懐より短刀を抜き、これを放つ。
短刀をかわしきれなかったレイハイの身がよろめく。
そこに床から剣を引き抜いたホランが迫る。
苦し紛れにレイハイが放った銛の横薙ぎを、頭を下げてかわしたホランは止まらない。
さらに必殺の間合いを目指す。
させじとレイハイの銛が鋭角に跳ねた。中空にてひるがえる切っ先。
銛が頭上より縦一文字に振り下ろされる。たとえ柄の部分ですらも当たれば骨が砕け、肉がひしゃげるほどの重たい一撃。
が、ホランはひるむことなく、わずかに半身をひくだけでこれを見切る。その右手にはいつの間にか逆手に持ち替えられていた剣があった。
大きく飛び込むような踏み込みにて、ホランが一閃。
脇腹を深々と斬り裂かれたレイハイは血を吐き、はらわたをぶちまけ、どぅと倒れた。
◇
動かなくなった女海賊をふり返ることなく膝をついたホラン。はぁはぁと肩で息をする。
勝負の行方を固唾を飲んで見守っていたわたしは、すぐさまホランのもとへ。
「やったね」
「あぁ、なんとかな」
「にしてもいつの間にか、ホランってばずいぶんと強くなってない?」
「まぁな。オレだってずっとぼんやりしていたわけじゃねえからな。
伊達にポポの里の門番のジイさんにやられたり、元八武仙のフェンホアに叩きのめされたわけじゃない」
なんぞと軽口をかわしながら、わたしとホランはパチンと互いの手を叩きあわせて勝利を祝う。
でもあんまりのんびりとはしていられない。
まるで主人に殉ずるかのように、黒鬼の沈没がここにきてさらに加速しだしたから。
わたしはミヤビにのって、ホランはアンに身をあずけて、すぐに甲板から離脱する。
わたしたちが上空の安全圏へと到達したところで、「母じゃ、あれを」と言ったのは金づち姿となって帯革内にもどっていたツツミ。
見れば少し離れた海面にて渦が発生していた。
それがまたたくまに大きくなっていき、見る間に超巨大な渦となる。
「げっ! あれって前にわたしたちが呑み込まれたヤツじゃないの?」
海底に潜む超巨大なイソギンチャクの禍獣。
金等級とおもわれるソレの捕食行動がこの大渦。
こうやって一帯にあるモノをごっそり吸引しては、お腹の中に入れてしまうのだ。だからイソギンチャクのお腹の中には、犠牲になったであろう船の残骸がごろごろ。ちょっとした海の墓場状態になっている。
この禍獣が発生させる潮流はすさまじく、第一の天剣・勇者のつるぎミヤビをもってしても、あらがえなかったほど。
よってすでにボロボロとなった黒鬼が、これから逃れる術はない。
黒鬼はすぐに渦へと引き込まれた。
潮流に囚われ流されてゆくのを、わたしたちは上空から黙って見送る。
渦に沿ってぐるりぐるりと回りながら、じょじょに渦の中心部へと近づいていく黒鬼。
その姿がついに海中へと没した。
沈む直前、一度だけ天へと向けてせりあがった船首が、わたしの目にはまるで「助けてくれ」ともがいている鬼の腕のように見えた。
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