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038 新しい看板
しおりを挟む暴れまわっていた海賊船・黒鬼を退治し、城塞島カイリュウをも陥落せしめて、南海は平穏をとり戻す。
これにて一件落着。
とはならないのが、物語とはちがって現実のキビシイところ。
実際のところ、戦に勝ったら勝ったで問題が山積。
まずは大量に発生した捕虜のあつかい。
いかに国交のない相手のところの人間とはいえ、人道的見地から粗略にはできない。こういうのってあつかい方を誤ると、後々にまで尾をひいてついには歴史問題化しちゃうらしい。
そうなるともういけない。憎悪がドロ沼となって残り続けては、両国の関係改善を邪魔し、人心を蝕み続けるそうな。
だからこそ最初が肝心。適切かつ慎重に対処する必要がある。
かといって城塞島にいた全員を本国に輸送するのは、ものすごく手間がかかる。
それこそ軍船総出で何往復もするハメに。
加えて運んだら運んだで、収容しておく施設も必要となる。
あと生きている人間である以上は食わさねばならぬ。
かかる費用がずんずん加算して膨大になる一方。そのくせ得られる情報なんかはたかがしれている。
捕虜とは、とんだゼニ喰い虫なのである。
だからといって「もういらない」と無闇やたらに放出すれば、レイナン帝国に帰国してまたぞろ軍に編入されて戦うことになるだろう。これではキリがない。
いずれは捕虜返還についての交渉の機会が設けられるであろうが、現状を鑑みるにそれもいつのことになるやら。
よって、一般兵らはこのままカイリュウにて留め置き拘束。指揮官および幹部連中だけを本国に輸送するということになった。
とどのつまり「城塞島カイリュウ」が「絶海の監獄島カイリュウ」と看板をあらためることになったのである。
で、そう決まったら決まったで、こんどは監獄を管理する人員を配置しないといけないし、当然ながら島の施設を効率よく運用する上でも、それらに熟知している捕虜の存在が必要不可欠。
そう考えれば、これはなかなかにうまい手であったのかもしれない。
とはいえ、これからがたいへん。
補給用の航路も確立しなければいけないし、体制全般を整える必要もある。
唯一の救いは食料や資材などの備蓄が豊富であったこと。
当面の間はこれでしのげるらしい。
◇
看板をかえるにあたって、各所に補修改造の工事が必要となり、その作業を急ぐ神聖ユモ国の兵士たち。
あわただしく動くそれらを尻目に、わたしは自分が外壁に開けた穴をせっせとふさぐ作業に従事していた。
ほら、しっかり埋めておかないと用心が悪いからね。土と水の才芽を併用してサクっとすませる。
で、ドロだらけになって戻ったらホランの姿がない。
近くの人にたずねたら、奥へ調査に行っているとの話。
この場合の奥とは、監獄島の深部のこと。実験施設やえらい人たちの部屋なんかがある区画。
気になったからわたしも向かう。
迷宮然とした複雑怪奇な建物内部。その構造の把握も平行して進められており、順路には印がされてあるから、わたしひとりでももう迷わずにすむ。
ホランは元城塞島カイリュウの長官であったビサヤの部屋にいた。
部屋に一歩足を踏み入れたわたしの第一印象は「趣味わるっ!」である。
置かれてある調度品の数々は悪くない。でもまとまりがない。たんに高価な品を並べて悦に浸っているよう。あと目がチカチカする。これは色彩の組み合わせのマズさのせいだろう。煌びやかと派手はちがうのだ。
部屋をみれば、そこに住む者の人となりがわかるという。
さすがは悪逆非道な実験を平然とくり返させていた元長官どの。納得の下劣さである。
そんな居心地の悪い場所でホランが何をしていたのかというと、例の人禍薬に関する資料を漁っていた。
現物はなく、残っていたのは投与後の経過観察が記された書類。
好奇心からちょっと見せてもらったのだが、筆舌にしがたい内容にて、わたしはすぐに読むのをやめた。
人を禍獣にして兵士にする?
最強の軍隊を造る?
バっカじゃなかろうか!
そんなことを大マジメに考えて実行している時点で、自分たちがとっくにバケモノになっていることに、どうして気がつかないのだろう。賢いはずなのに、わたしにはふしぎでしようがない。なにより、そんなしようもないことのために、知人が犠牲になりかけたことが無性に腹立たしい。
ホランだって同じだろう。いや、彼は大切な人を失いかけたんだから、それ以上のはず。
なのに影矛の男は黙々と書類に目を通しては職責をまっとうしている。
「どうやらクスリは本国から送られてきたモノらしいな。さすがにヤバすぎて国内での臨床実験ははばかられたか」
カイリュウは絶海の孤島ゆえに、万が一のことがあっても問題はない。機密保持にも最適。いざともなれば切り捨てればすむ。
とても合理的な考えゆえに納得しかけたけれども、ここでわたしはハッとする。
「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ。だとしたら、帝国にとってはここって、その程度の価値しかないってことなの? こんなにすごいのに、いざともなればポイしちゃうような」
弱冠狼狽気味のわたしにホランがうなづき「その可能性は否定できないな」とあっさり肯定。「もしくはあまり考えたくはないが、ひょっとしたら、ここはいくつもある侵略拠点のうちの一つに過ぎないのかもしれない」
さすがに南海にはないだろうけれども、なにせ海は広く、どこまでも繋がっている。
神聖ユモ国の領有する海域の外ならば、あるいは……。
大きなケモノであるほどに、その巨体を維持するためには、たくさん食べる必要がある。
レイナン帝国。
他国を侵略し併呑することで成長を続けているかの国は、すでに比類なく超大であるという。
あとどれくらい食べたら満足するのだろうか?
それともいくら食べてもけっして満足することはないのだろうか?
わたしはこの南海を超えたずっと先、外海の彼方にあるという、大陸に君臨する飢えた強大なケモノの姿を想像し、全身の肌がアワだつのを抑えられなかった。
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