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012 北東へ
しおりを挟むかつてポポの里より聖都へと赴いた際には、百人以上の楽団連れの行列と四頭立ての馬車により構成された使節団が、おっちらおっちら。
それはもうアクビが大活躍の眠たい旅であった。
遅い遅い、とにかく歩みが遅い。
その理由が「やんごとなき身分はゆったりおっとり。せこせこ動くのは卑しい下々のすること」などという、しょうもないしきたりゆえにというのだから、歯がゆいったらありゃしない。
けれどもパオプ国の使節団はまるでちがった。
長距離を走り続けるのはちょっと苦手だけれども、いかなる悪路もものとはしない騎竜を中心とした構成。
二頭立ての幌馬車が数台ばかし含まれるも、これらは旅に必要な食料や荷を積むことを目的としており、快適さは捨て安定した走りと頑強を目的とした造り。これらに代替え用のウマを並走させる。
速度と走行距離に重点を置いた運用。
時間をムダにしない効率重視。
好感が持てるとフムフム感心していたら、たんにパオプの人間の根がせっかちなだけなんだってさ。あきれた!
で、いちおうは主賓となるわたし。
一団のどこに組み込まれたのかというと……。
首まわりや袖なんかがモコモコした厚手の上着にくるまれ、シルラさんが手綱を握る黒くて立派な騎竜にて、彼女の前に座らされる格好で同乗中。
まさかのムキ出し輸送っ!
◇
神聖ユモ国の聖都からパオプ国の首都ヨターリーまでは、五十日ばかりの旅路。
でもこれはあくまでパオプの高速使節団基準の計算だから。
もしもユモ国だったら軽く倍以上はかかると思う。
旅程のうち、ユモ国を出るまでに二十日ばかり。
国内では街道が通じた平地が続くゆえに、とくに障害となる場所もない。治安もすこぶる良好。
うちの里のある未開の東部域とはちがって、こちら方面は物流が盛んだから整備や管理に余念がないのである。
関所がある国境の城郭都市を超えて、国外へと出てからの方がずっと時間がかかるのは、パオプが山岳地帯にある国だから。
雲海を超えた先、クンロン山脈の奥深くが目指す場所。
当然ながら、そんなところに行く途中には山やら谷やら崖やらと、けっこうな難所が続く。目的地が近づくほどに険しくなっていく道。
けれども比較的楽に進める迂回路もきちんと設けられており、商隊なんかはそちらを通るのがふつう。五十日うんぬんはそちらを通ればの話。
けれども、わたしたちの旅はちょっと先を急ぐというので、難路の方を征く予定。
これにより到着までにかかる日程がぐぐっと縮まり、三十日前後にまでなるという。
◇
国内の旅は平穏そのもの。
進む、宿営、進む、宿営のくり返し。
めったに街や都に立ち寄らないのは、シルラさんによれば「あえて」とのこと。
人の多い場所やにぎやかなところほど、土地勘がない外部の人間にとっては警護がムズカシク、邪な考えを持つ者の接近を容易にする。
それにいかに古くから交流が盛んな隣国とはいえ、彼女たちにとってここは異国の地。
文化や風習が異なることも多く、ちょっとしたことがいざこざを起こすこともある。
できるかぎり問題となる要素を遠ざける。
雑かと思えば妙に徹底しているシルラさんの仕事ぶり。公私で別の顔を見せる女武官。
それでいて宿営の際は、しごく快適だったりもする。
組み立て式の天幕の内部は、とても野営とは思えないほどに整っている。下手な宿屋よりも豪華なぐらいだ。
やたらと明るく広域を照らせる灯台や、小さいのに一台で暖房から調理までまかなえる携帯用暖炉、数本の棒と布を組み合わせて設置される寝台とか、随所にパオプ国の優れた技術力が光る。
何がすごいって、初心者のわたしでもちょっと説明を受けただけで、サクサク作れちゃうところ。
各部位に番号がふってあって、手順に従いそれ同士をカチカチはめるだけで、あっというまに出来あがり。
「本当に優れた道具ってのは、ガキんちょからジジババまで、誰が触っても簡単に扱えるモノのことだ」
ポポの里の鍛冶師ボトムさんが以前に言っていた言葉の意味を、わたしは遅まきながら理解した。
◇
シルラさんたちとの旅は楽しい。
というか、前回のアレを旅とはとても呼べない。
ずっと馬車に軟禁状態だったもの。
一転して今回の旅は制約がゆるい。
ムキ出し輸送ゆえに景色は見放題だし、シルラさんはふつうに雑談に応じてくれるし、無知なわたしが好奇心のままに質問を重ねても、イヤな顔ひとつせずにアレやコレやと教えてくれる。使節団の面々もとっても気安い。
わたしが勇者のつるぎミヤビに乗って、使節団に並走することまで許可してくれた。
そればかりか「目の届く範囲にさえいてくれたら、好きにしてもらってかまわない」とシルラさん。
「それだけ腕に自信があるのかな?」と思っていたら、彼女の武芸の一端を垣間見る機会を早々に得る。
べつに賊が襲ってきたとか、禍獣やケモノに遭遇したという物騒な話じゃない。
いつものごとく適度な休憩を挟みつつ進んだあと、夕暮れ前に足を止め宿営準備に入った使節団。
すると、おもむろに夕焼け空へと向けて自身の槍をぶん投げたシルラさん。
で、ボトリと大きなトリが一羽、降ってきた。
弓矢でトリを射るというのは珍しくないけれども、槍で高い空の上にいるトリを貫くとか、ちょっと尋常じゃないんですけどっ!
だというのに、使節団の他の人たちは特に気にした風でもない。
もしかして、彼女にとってはコレがふつうなの?
わたし一人が目を白黒させていたら、シルラさんは「いい肉づきだ」と舌なめずりしながら、羽をブチブチむしりだす。
すっかり丸裸になったトリ。首を落とし、血を抜き、腹をさばき、あっという間に下処理を終えたと思ったら、今度は中に野菜やら香草やらを無造作に詰め込み、割いた腹を針と糸でチクチク縫う。
で、吊るしてジュウジュウ丸焼き。
豪快なのか繊細なのかよくわからない料理。
でも、むちゃくちゃウマかった。
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