剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!

月芝

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017 商人見習いの娘

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 ゆっくりくつろげと言った獅族の族長サガン。
 けれども歓迎の宴が想像以上にはげしい。
 この国の人間は基本的に酒好きらしく、そりゃあもう豪快にガバガバ飲む。杯ではなくて、陶器やガラス製の大きな水飲みにてグビグビ。しかも酒精強め。
 当然ながら宴の席には酒のニオイが満ち充ちた。
 加えてやたらと他人との距離が近いお国柄と相まって、飲めない子どもにとっては地獄と化す。

 わたしは鉢植えの禍獣ワガハイを酔っ払いどものオモチャ、もといお相手に差し出し、酒のつまみであるラクの盛り皿だけを持ち、こっそり宴席を抜け出した。
 ラクとはウシやヤギの乳で作られた乳製品のこと。独特の臭みがあるものの、味わい深く、慣れるとクセになる。
 中身がぷにゅっと柔らかいナンラクは舌にねっとり絡みつき、えもいわれぬ愉悦を口の中にもたらしてくれる。これの燻製がとにかくウマい!
 全体が固めのカンラクは塩気がやや強いけれども、ちびちびかじるといい感じ。あとを引く味にて、ヤメ時を見失う魔性を秘めている。

  ◇

 大人たちの喧騒を逃れて、盛り皿片手に静かな縁側へと移動。
 わたしはそこで「よっこらせ」と腰を降ろし、岩と白い砂利で表現された独特の世界観を持つ庭を眺めつつラクを食す。
 動物の乳および乳製品は、よい子の発育にとてもいいらしい。
 だから、ここぞとばかりにわたしはモリモリ食べる。これでわたしの停滞気味の成長期も加速され、ゆくゆくは胸も母アヤメのごとく、ばばんと膨れあがることであろう。
 なんてことを考えながらモグモグしていたら、庭の隅にて動く人影を発見。
 それは小さな女の子だった。
 歳の頃は愛妹カノンと同じぐらい。
 てっきり屋敷の子かと思って声をかけたら、行商人であるフーグのところの見習いだと言う。
 まだ小さいのにえらい。わたしが感心していたら「くぅ」とかわいらしいお腹の音が聞こえてきた。
 わたしはにっこり笑顔で手招き。
 自分の隣をポンポン叩いて「よかったらいっしょに食べない? おいしいよ」
 屋敷に逗留している客人からの申し出にしばし迷うものの、ついに食欲に負けた幼女はテクテク近寄ってくると、そのままちょこんと縁側に腰かけた。
 勧められるままに、カンラクを手にとりかじる姿が小動物のようでかわいい。
 で、お名前をたずねたら「ウルレン」としっかりした口調で答えた。
 両親はすでに他界しており、赤子の頃にフーグに引き取られ育てられているという。
 幼いながらもはきはきした物言い。さすがは商人のところで働いているだけあると、わたしはさらに感心する。

  ◇

 しばし二人してラクを摘まみつつ、おしゃべりに興じる。
 ここのところずっと大人に囲まれていたわたしには、幼子と過ごすこの時間がとても新鮮であった。
 ある程度、互いのことがわかってきたところで、おもむろにウルレンが口にしたのは「剣の母ってどんな感じ?」という奇妙な質問。

 神に選ばれた特別な存在。
 大いなる使命を託された者。
 史上初の三つの才芽持ち。
 どうやらウルレンは大人たちの話をまた聞きして、そんな印象を抱いている様子。
 しかしモノは言いようとは、昔の人はうまいことを言ったものである。
 だって選ばれたうんぬんの実態は「たまたま」にすぎない。
 使命に関しては「赤い糸の呪い」による半強制。
 三つの才芽に至っては「混ぜるなキケン」だ。
 これらを踏まえてわたしは少しばかり「うーん」と首をひねってから、「いろいろ変わったといえば変わったけど、あんまり変わってないといえば変わってないかなぁ」と答えた。
 これにはウルレンの方が首をかしげることになって、キョトン。

「えーと、つまりスゴイのはうちの子たち(剣と鎌)であって、わたしじゃないから。確かに国で一番えらい人とか、一番強い人とか、一番賢い人とかと会ったり言葉を交わしたり、やんごとなき身分の方々とかと接したりする機会は増えたけど。だからってわたしはご覧の通り、ちんちくりんのままだしねえ」

 周囲からちやほやされるほどに、逆に冷めてくる。
 一歩も二歩もうしろから自分を見つめている、別の自分の存在を強く感じる。
 その別の自分が嘆息にてつぶやくのだ。

「なぁに、似合わないことをしているんだか」と。

 これがわたしの中のいつわらざる本音。
 それを聞いたウルレンは黙り込んでしまう。
 てっきりあきれられちゃったのかなと思ったら、さにあらず。
 ウルレンは意外は言葉を口にした。

「チヨコおねえちゃんは強いね。ふつうだったら、きっとかんちがいして舞いあがるか、もしくは自分を見失うと思う。それにもしもわたしだったら、きっと天剣(アマノツルギ)のチカラを使って……」

 彼女のつぶやきに重なるようにして、ドッと沸いたのは奥の宴席。
 何やら酔漢どもがはしゃいでいる。ワガハイが得意の声マネ芸でも披露したか、あるいは猥談。
 そのせいでウルレンの言葉の最後の方がよく聞こえなかった。
 どうにも気になったので、もう一度たずねようとするも、ウルレンは「じゃあ、そろそろいくね。ありがとう。ごちそうさま」と、引き留める間もなくさっと席を立つ。

 薄闇の庭の奥へと消えた商人見習いの幼女。
 いったいウルレンは天剣のチカラにて何を願うのか。
 あの台詞を口にしたとき。
 ほんの一瞬だが、わたしには彼女の周囲の闇が濃くなったように感じられた。


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