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016 獅族の里
しおりを挟むあちこちに白銀の毛をつけたわたしの姿に驚くシルラさん。
わたしはフフンと胸を張り「ライユウをモフりまくってやったぜ」と自慢する。
パオプ国にとって、ライユウというユキヒョウの銀禍獣は特別な存在。
見かけただけで幸運になれるというシロモノ。
そいつを撫でくりまわしたとあっては、その幸運たるやいかほどになろうか。さぞやうらやましがることにちがいあるまい。
が、シルラさんからは期待したような反応は返ってこず、むしろムチャクチャ気の毒そうな顔を向けられてしまう。
アレ?
で、理由をたずねたら……。
「いや、たしかにライユウを見かけたら運がいいとはされている。けれども実際に触れたら、逆に『一生分の運を使い果たした』って言われているんだよ」
ぐふっ! 剣の母チヨコは心に受けた衝撃により片膝をついた。
◇
一時の快楽に身を委ねて、一生分の運を使い果たした女。
わたしことチヨコが意気消沈しているうちに、ついに難路が終了。
険しい道を抜けた先は、パオプ国の中枢を担う十二支族のうちのひとつ、獅族(シゾク)の里。
石組みの丸屋根にて半地下のようになった造りの家々が、点在している集落。
ポポの里の呪い師ハウエイさんの家にとてもよく似ていると、わたしは思った。
里の地面のあちこちからしゅうしゅうと白い煙が昇っている。
地熱を利用したものにて、これによって里全体が外部よりもずいぶんと暖かく保たれているんだとか。おかげで防寒着の中が汗でじっとり。
たまらず前を開けたところでシルラさんに告げられた。
「今日はこの里で一泊して旅の垢を落としてから、明日首都ヨターリーへと向かう」
連れて行かれたのは、この里で一番立派な獅族の族長のお屋敷。
大きさもさることながら、ここだけ他の家とは外観の造りがまるでちがう。
土台部分は石組みだけど、壁は土壁にて建物を支えているのは黒い鉄柱。
瓦屋根も黒いけど、こちらは鉄ではなくて、引っつき石を砕いたものを混ぜて作られてあるんだとか。
ちなみに、引っつき石ってのは、鉄にくっつく性質を持つふしぎな石のこと。
鍛冶師はこれを使って砂の中から鉄の素材を集めたりする。
特殊な瓦を用いることでカッチリ組み上がり、屋根の仕上がりがキレイになるんだって。あと張替え作業も楽ちんになるそうな。
屋敷から出迎えにきた使用人らに騎竜の手綱や荷なんかを預け、玄関で履き物を脱いで足を洗ったら、さっさと中へと入っていくシルラさん。
まるで自分の家のごとき遠慮のない振る舞い。
あわててわたしもそれに倣う。
おずおずとついて行きつつ怪訝な表情をしていたら、「あー、ここ。私の実家だから」と彼女は言った。
じつはけっこうな家柄のお嬢さんであることが、ここにきて発覚。
いや、そりゃあ女王さまの名代として他国へ赴くぐらいだから、相当な身分の女武官だとは思っていたけれども。
なんだか、ねえ?
屋敷の内装はものものしい外装とはうってかわって、木を基調とした落ちついたもので統一されている。
でもこれがいかに贅沢な造りであるか。
なにせここはクンロン山脈の奥地。
石材や鉱物なんかは掃いて捨てるほど採れる反面、木材になるような植物はほとんど存在していない。ゆえに必要な資材のほとんどを外部から運んでくることになる。
隣の神聖ユモ国で仕入れて比較的安全な道でも五十日以上はかかる。その分だけ費用も莫大にかさむわけで。
十二支族というのが、この国にて想像以上に財力とチカラを持っていることを実感しつつ、案内されたのは五十人ぐらい余裕で入れそうな大広間。
そこで待っていたのは二人の人物。
「ようこそ剣の母チヨコ殿、歓迎します。今宵は当屋敷にてゆるりとなさって、旅の疲れを落としください」
言うなりガバッと抱きしめてきたのは、肩幅が広くてあちこちがゴツゴツした岩のような男性。
獅族の族長サガン。
シルラさんのお兄さんで、鈍い金色のぼさぼさ頭とか、くりっとした薄茶色の瞳とか、少し出ている頬骨なんかがそっくり。
見るからに戦士っぽい容姿にて、実際に盾と短槍を巧みに操るそうなんだけど、初めてシルラさんを見たときのような衝撃は受けない。
つまりは、そういうことなのだろう。
「はじめまして。お噂はかねがね。もしも何かご入り用がありましたら、ぜひ」
にこにこした表情にて、手を差し出してきたのは初老の男性。
いかにも商人風の愛想のよさ。けれどもそれだけじゃない雰囲気もぷんぷん。
行商人をしているというフーグ。
各地を巡って手広く商売をしているがゆえに海千山千な人物。
獅族とは先代からの古い付き合いなんだとか。
シルラさんとしては、いきなり首都の王城へ案内するよりも、気心の知れた自分の実家でわたしを休ませてやろうとの配慮だったのかもしれない。
だが、この時の出会いがのちの出来事に暗く冷たい影を落とすことになろうとは……。
すべてはとっくの昔から始まっていたんだ。
そのことにわたしが気づくには、いま少しばかりの時を必要とする。
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