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021 語り部一号

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 パオプ国の首都ヨターリーへと到着した夜。
 王城内に用意された部屋にて、ひさしぶりに身内だけになったわたしたち。

「なんだか、えらいことになったなぁ……」

 地下神殿にある神坐(カミグラ)とかいう怪しい祭壇にて、地の神トホテと逢瀬することになり、わたしはしんみりグチグチ。
 だって肉体から魂が抜け出すとか、それってほぼ死んでるのと同じなんだもの。

「まったくですわ。チヨコ母さまに危ないマネをさせるだなんて!」

 ひさしぶりにスコップ姿から白銀の大剣姿となった、勇者のつるぎミヤビ。
 けっこうご立腹。「いっそ全員シメるか」なんて過激な発言までもが飛び出すほどに、プンプン怒っている。

「……大丈夫。いざとなったら華麗にトンズラ」

 これまたひさしぶりに折りたたみ式草刈り鎌姿から漆黒の大鎌姿となった、魔王のつるぎアン。
 いろんな制限があるものの、空間を切り裂き距離を無効化する転移のチカラを持つ彼女。
 チカラについては今のところ隠している。きっとバレてもロクなことにはならないと思うので。
 そんなアンなのだが、近頃彼女の中では「トンズラ」という言葉が流行している。
 響きが気に入ったのか、ことあるごとに「トンズラ、とんずら」と言っている。

「神がわざわざ呼び出すなんて、よっぽど? もしや世界滅亡の危機?」

 さらっとおそろしいことを口にしたのは、鉢植えの禍獣ワガハイ。

「縁起でもないことを言うのはヤメて! 重たすぎるから、せめて国家存亡ぐらいにしておいてっ!」

 わたしはゆらゆら揺れる黄色い花をキッとにらむ。
 ちなみにアンにいらぬ言葉を吹き込んでいる犯人は、コイツだ。

「それにしても神さまの用事かぁ。いったい何なんだろうねえ。……もしかして、ちっとも進まない剣の母のお仕事に対して、グチグチお小言とかだったらイヤだなぁ」

 わたしはとってもウツウツした気分になった。
 いろいろがんばったけれども、結果的に大きく後退しているのが現状だ。
 なにせ第一の天剣(アマノツルギ)すらも嫁がせられないうちに、第二の天剣が誕生しちゃったもので。
 単純にやるべきことが二倍になった。
 まぁ、うちの子たち(剣と鎌)はあまり手間がかからないから、実際の子育てに比べたらずっと楽なんだけどね。
 努力する方向が致命的にズレているような自覚はある。
 しかし押し寄せる状況があまりに強烈すぎて、小娘は翻弄されるばかりなのです。

「……わざわざ呼びつけといて、さすがにとって喰うことはないか。説教ぐらいですめば、もうけものと考えるとしよう」

 あーでもないこーでもない。みんなでやいやいした結果、悩むだけ損だという結論に達したところで、就寝。
 ここのところ寝袋生活が続いていたせいか、手足がのばせる広い寝台はなにやら落ちつかない。
 パオプ国滞在中に、ぜひとも寝袋を手に入れねばと考えつつ、夢の国へ。すぴー。

  ◇

 朝一で叩き起こされた。
 眠い目をこすり、寝ぼけまじりで見上げれば、そこには白髪の老婆の立ち姿。
 なんというか、背筋から立ち姿もろもろがシャンとしており気品がある。若い頃はさぞやモテたであろう。いや、現時点でもポポの里ならば、老爺どもを夢中にさせるだけの器量が残っている。
 時間の経過とともに散るばかりの花。
 その中にあって、この人は丹念に乾燥させて鮮度こそは落ちたものの、より深い色味と芳醇な香りを得たような花。
 もしもわたしが男の身で「おい、イケるのかい?」と問われれば、黙ってうなづき親指をビシッと立てることであろう。

「えーと、どこのだれさまで、いったい何のご用でしょうか?」

 わたしがたずねたら丁寧にお辞儀をされ、「ギテと申します。剣の母チヨコ殿のお世話役と指導をザフィア女王より託された者です。以後、お見知りおきを」と自己紹介。

 どうやら彼女がわたしの滞在中の世話を焼いてくれるらしい。
 ……うん?
 面倒をみてくれるのはありがたいけれども、指導とはなんぞや。

「神坐にての作法や、地の神トホテと交信される際の心得などです。なにせあそこはパオプ国にとっては大切な場所にて、王族をはじめとする十二支族の方々が神聖視している場所でもありますから。服装から所作まで、細かい取り決めがあり、覚えることは多岐におよびます」

 このギテさん。じつはパオプ国に二人いる語り部のうちの一人なんだって。
 確かに若いのと年寄りがいるって話は聞いていたけれども、礼儀作法がてんこ盛りとは聞いてない!
 女王さまのウソつき! 「ただじっと座っているだけでいい」とか言ってのに、ぜんぜん話がちがうじゃない!

「まずチヨコ殿には沐浴をしていただきます。それから本日より、心身を清めるために精進潔斎の生活となりますので」
「しょうじんけっさい?」
「肉や魚などを食さず、身を清め、心を穏やかに保つことです」
「なっ! せっかく遠い異国の地に来たというのに、ご当地の料理が食べられないの? 街角ぶらりの食べ歩きは? 揚げるとウマいというプクは? 具材をたっぷり挟んだ焼きたてのペチャは? ペチャにラクをたっぷり練り込んだ特別なペチャは?」
「プクは魚なのでダメです。小麦粉で焼いたペチャは問題ありませんが、具材は肉抜きの野菜のみとなります。あとラクは動物由来の乳製品なので、これも禁止ですね。というか当面の食事はかぎりなく白湯にちかいお粥になります」

 淡々と語るギテさん。
 牢屋に収監されている囚人たちだって、もう少しマシなものを食べてるよ!
 残酷な宣告を受けて、わたしは声にならない悲鳴をあげた。


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