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020 女王さまからのお願い

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 不覚。
 いろいろありすぎて、すっかり忘れていたよ……。
 パオプ国の人たちが、わりとせっかちな性格だということを。

 かつてわたしが生まれ育った辺境のきわきわ、ポポの里から聖都へと召喚されたとき。
 到着してから実際に皇(スメラギ)さまと謁見するまでに、二十日以上もかかった。
 まぁ、あれは裏でいろいろと準備を整えていたせいだけど。
 さすがにそこまでとはいかないまでも、えらい人と会うんだから、それなりに手順を踏んで時間がかかるものと思い込んでいたわたし。
 しかし美麗な白亜の王城に到着直後、そのまま奥へと案内される。
 そしていきなりの謁見!
 まさかの直行にて、心の準備がまるで追いつかねえ。

  ◇

 シルラさんに連れて行かれた先は、大きな丸い卓が中央にデンと置かれた広い部屋。
 丸卓の一番奥から、やたらと目力のある黒い瞳がこちらを見つめている。
 その黒い瞳をした彼女を筆頭に、ぐるりと卓を囲んでいる総勢十二名の男女たち。
 いかにも重要な会議中との雰囲気。
 なのに、我関せずと帰還の報告をする女大将軍。
 そしてそれを平然と受け入れた人物こそが……。

「ご苦労だったなシルラ。そして、ようこそ剣の母チヨコ殿。このたびは急な招聘に応じてくださり、感謝する」

 よく通る声にてお礼を口にしたのは一番奥に座っていた女性。「女王ザフィア」だと名乗った。
 顔立ちはお世辞にも際立っているとはいえない。せいぜい並みの域をでないだろう。
 波打つ茶色い髪が揺れる姿にも優雅さはない。地味な格好をして市井に紛れたら、たぶん見つけられない。
 だが先にも述べたとおり、その双眸に宿る光のなんと強いことか。その一点にこそ、彼女という人物のすべてが集約されているよう。
 わたしは視線で胸を射抜かれたような衝撃を覚える。
 シルラさんの武とはちがった類の、とびぬけた強さを持った女性。
 まえにシルラさんからこの国の王位について話をしてもらったとき、能力さえあれば男でも女でもかまわないって言ってたけど、とんでもない!
 功罪、清濁、成否、そのすべてを背負う覚悟を持った施政者。
 ザフィア女王を見る限り、求められている能力が半端なく高いのは一目瞭然。
 強力な指導力を持つ王がいるからこそ、この国はまとまっていられるんだと、わたしはあらためて痛感。
 まったく……。次期皇位争いにばかり躍起になっている、どこぞの浮かれポンチなお妃たちも、少しは見習って欲しいものである。

 で、同席している残りの人たちは評議会の方々。
 そちらもざっくり紹介されたところで、さっそく本題へと入る女王さま。

「次の満月の夜。弧の月の十五日だから、四日後なのだが、チヨコ殿には神坐(カミグラ)に入ってもらうことになる」
「神坐?」

 聞きなれない単語にわたしが首をひねっていると、そばにいるシルラさんが「この城の地下神殿にある祭壇のことだ」と教えてくれた。
 地の神トホテを祀る神聖な場所にて、本来であれば王族と語り部しか立ち入ることが許されない場所。
 そんなところに外部のポッっと出の小娘を入れていいのかしらん?
 内心でそんなことを考えていたら、不安が顔にでていたのだろう。
 女王さまが「案ずるな。すでにみな了承済みだ」と言ってくれた。
 これに評議会の方々が黙ってうなづくも、必ずしも全員が心からの総意ではないことが、薄っすらと透けている。
 だって明らかに不満顔にて、渋々といった感じの人が二名ばかしいるんだもの。さっきからこっちを殺さんばかりににらんでくるし。
 いや、自分たちが大切にしている場所を、よくわからない小娘に穢されたくないって気持ちは、わたしにもよーくわかるよ。
 だからって、その怒りをこっちに向けられても困っちゃう。
 文句は女王さまに言ってちょうだい。

 でもって「神坐にて何をすればいいのか」と問えば、「ただじっと座っているだけでいい」と言われた。
 なんでも自然と意識が遠くなり、魂が肉体を離れて、神さまの住むところに呼び寄せられるそうな。
 すべて向こうがやってくれるから、のんびりしていたらいいとのことだけど。
 いやいやいや、ちょっと待て。
 魂が肉体を離れるとか、めちゃくちゃこわいんですけど。

「もしも突発的な何かが起きて帰ってこれなかったら、どうなるの?」

 すっかり自重という言葉を忘れていたわたしは、つい不安をぽろり。
 すると近くに座っていた評議会の一人の老爺が、「そういえば、ずいぶんと昔に招かれたまんま、帰ってこれんかった語り部がおったかのぉ」とつぶやいた。

「!!!」

 おどろいたわたしが、とっさにシルラさんを見たら「えーと、まぁ、だいじょうぶだろう……たぶん」
 丸卓を囲む大人たちに顔を向けたら、全員が一斉に顔をサッとそらす。
 ついさっきまで、バッチバチにこちらの目を見て話をしていたザフィア女王さままで、とってつけたかのように手元の資料をパラパラめくっている。
 これは……。
 マジで剣の母チヨコの冒険(完)になるかもしれん。


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