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019 士鬼衆
しおりを挟む神聖ユモ国には厳格な身分差があり、聖都内にはやんごとなき身分専用の道まで用意されているほど。
けれども来る者拒まずのパオプ国は関係なし。
とにかくごった煮感がすごい。
それでいて黒い騎竜の手綱を握るシルラさん率いる使節団の姿を見ると、ササッと自主的に避けて道をあけてくれる。
ついでに「おかえりなさい。シルラさま」とか「そのちっこいの、どこからさらってきたんですかい?」とか「よもや、隠し子!」なんて挨拶やら軽口がそこいらから飛んでくる。
これに怒るでもなく、手を振ってにこやかに対応しているシルラさん。
彼女がいかにみんなから慕われているのかがよくわかるのと同時に、中央と民との距離の近さにわたしはおどろかされる。
そんな感想を口にすると、シルラさんはこともなげに言った。
「あぁ、武官といってもしょせんは役職だしなぁ。自分がこなすべき仕事であって、それ以上でもそれ以下でもない」
鍛冶師が鍛冶をするように、料理人が料理をするように、城勤めの武官が公務に励む。
それは等しく尊ぶべきこと。
社会的に身分の上下はあろうとも、それはあくまで仕事の上での話にすぎない。
高い地位にあるのもまた同様にて、べつに中身までもがえらくなるわけじゃない。
これは何もシルラさんだけの考えというわけではなくって、パオプ国民全体の意識。
我も人、彼も人といった考えが根底にある。
人、土地、モノ、カネ……その他いろいろ。
使っているのは同じ材料だというのに、仕上がった国の形や姿のなんと異なることか!
まぁ、鍋料理ひとつとっても、わたしとお母さんとではまるで味が別物になっちゃうから、それもしようがないのかな。
なんにせよ、これまで自分が接する機会のなかった価値観や考え方に触れて、わたしはよりパオプ国への理解を深めたのであった。
◇
大通りを進み市街地を抜けた先には、水を張った堀。
ほんのり湯気を立てていることから、たぶんぬるま湯なのかしらん。
のぞくとヘンテコな魚が泳いでいる。
ギュッと絞ったゾウキンのような姿にて、円らな瞳をしているけれども、突き出したような口が、なにやらむくれた悪ガキを連想させてかわいくない。あと体表のブツブツもちょっと気持ちわるい。
わたしが「マズそう」と口にしたら、シルラさんが「あれはプクだ」と教えてくれた。
プク。
海の魚にて、本来であればこんな山奥で見られるような存在ではない。
しかしパオプでは地熱を利用した湯にて、これの養殖に成功。
見た目は絞ったゾウキンっぽいが、興奮するとプーッと膨れて体表のブツブツから鋭いトゲをたくさん生やす。
ぶっちゃけ食べられる部位は少ない。けれども煮てよし、揚げてよし、干してよし、ナマでよしにて、とっても美味な高級食材。
なお致死性の毒のある肝はクスリの材料として、トゲや皮もまた様々な道具や装備類の素材として活用されている。
つまり捨てるところがないお得な存在。
ただし、取り扱いさえ誤らなければだが。
下味をつけてから、小麦粉とタマゴで作った衣をまとわせ、揚げたやつが特にウマいと聞かされて、わたしは思わずぺろりと舌舐めずり。
そんなこちらの姿にシルラさんがくつくつ笑い肩をふるわせた。
◇
使節団の一人が、堀の手前に設置されてある銅鑼を叩く。
それを合図にジャラジャラと鎖が音を立てて、吊り橋が降りてきた。
堀に架かった橋の上を進む一行。
超えた先の門をくぐれば、そこは十二の立派な館が広場を囲むようにして存在する空間。
先ほどまでとは一転して、妙な緊張感とでもいおうか、厳格な静寂が支配している。
「ここは館街。各支族の大使館というか事務所みたいなモノが集まっているところさ」
シルラさんの説明にわたしは「へー」
ひと口に立派といっても、建物ごとに特色がある。
見たことのある黒っぽい武骨なのは、おそらく獅族の館なのだろう。里にあったのと雰囲気がとてもよく似ている。
屋根の形や壁の色、随所に施されてある装飾やおもむきが異なっており、おそらくは支族ごとの好みが反映されているのだろう。
もっとゆっくりと見学したかったが、使節団が歩みを止めることはなく、さっさと広場を横断。
向かうのは王城。
だがその姿がまたしても、わたしの度肝を抜く。
首都ヨターリーの最奥にあったのは、まるで精緻な彫刻のような白亜の城。
事実、それは岩壁を削ることで造られたものであった。
わたしは絵を少々嗜むものの、あくまでお遊び程度。芸術にはとんと疎く知識も乏しい。
それでもこれがスゴイ芸術作品だと、称賛するに値する存在であることだけはわかる。
なんだコレ? これが本当に人の手によるものなの……。
職人の仕事は、ときに人知を超えた領域に足を踏み入れることがある。
そのことは知っていたけれども、それがこんな規模で、目の前に存在していることが信じられない。
もちろん一人のチカラではないのだろう。幾世代にも渡って名立たる匠たちが心血を注いだのだろう。
とてつもない時間と労力、そして才能の結晶を前にして、わたしは圧倒された。
感動のあまりじんわりあふれてくる涙が止められない。
が、そんな感動を吹き飛ばす、さらなる衝撃が最後の最後に待っていた。
使節団の帰還を出迎えた鎧姿の軍属らしき面々がずらり整列。
その代表とおもわれる立派な中年男性が一歩前へと出て、ピシっと敬礼しつつ声高に言った。
「おかえりなさいませ。シルラ大将軍」
大将軍とは軍を預かるとってもとってもえらい人のこと。
神聖ユモ国に皇(スメラギ)さまが直々に任命した八武仙がいるように、パオプ国には四名からなる士鬼衆がいる。
体術に長けた申族(シンゾク)。
剣術に長けた狼族(ロウゾク)。
槍術に長けた獅族(シゾク)。
弓術に長けた鷲族(シュウゾク)。
各々の武門の一族から自他ともに技量を認められて、王の側に侍ることを許された者たち。
八武仙とちがうのは、士鬼衆は軍部を完全に掌握していること。
成り立ちや存在理由が異なるので一概には比べられないが、こと権力という点に置いては士鬼衆の方が上回っている。
「……って、ええーっ! シルラさんってば、そんなにえらい人だったのーっ!」
「おや? チヨコには言ってなかったか。これはしたり」
パオプ国に来てからこっち、ずっとおどろかされっぱなしだったけれども、自分のすぐ身近にとんでもないのが潜んでいた。
ステキなお城ですっかり夢見心地だった気分が、跡形もなく消し飛んでしまったよ。
わたしの感動を返せ!
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