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026 アイアイ
しおりを挟む「あれは『そこにある者』なのじゃ」
ディッカちゃんが教えてくれたところによると、石の人は「そこにある者」と呼ばれているらしく、ずーっと昔からいて城内を適当にうろついているだけにて、実害はないとのこと。
つい今しがた、わたしたちが体験した怪現象についてもたずねてみたが、こちらはキョトンとされてしまう。
石の人の正体についても「わからん」と幼女はそっけない。
「うーん、禍獣なのかなぁ。でも鉱物の禍獣なんて、まるで聞いたことがないんだけど」
どうにも弱ってしまい、わたしは自分の頭をボリボリかく。
ケモノや植物が大地の気を受けて、奇跡と偶然を経て発生する亜種が禍獣と呼ばれる存在。
見た目がそのままで中身が別物になったり、逆に見た目がごっそり変わったり、特殊な能力を身につけたり、カラダが大きくなったり、知能が発達したり、体内に魔晶石が宿ったり。
その変化は千差万別にて、とにかく多彩。
けれども、これはあくまで生き物に限ったこと。
そもそも石の塊が勝手に動いていること自体がヘンテコな話なのである。
「もちろん国としてもさんざんにしらべたのじゃ。でもダメなのじゃ。かしこい連中がみんなサジをなげた。わかったことといったら、せいぜい死なないことぐらいだったのじゃ」
カラダを構成する石はわりとその辺に転がっている、とりたてて珍しい類のものではない。
あれだけの質量を動かすための、動力源となるような魔晶石は見当たらない。
顔があんな様子なので何を考えているのかさっぱり。
話しかけたとてロクに反応もせず、意思が存在しているのかもわからない。
調査に携わった者の中には過激な人物もいたらしく、大きな金づちを手に突撃をしたんだとか。
で、けっこう派手に傷つけたというのにケロリとしている。
それどころか砕けた欠片がくっついて、すぐに元通りに再生しちゃったらしい。
「えっ! それってかなりスゴクない? 不老不死ってヤツじゃないの?」
おどろくわたし。
けれどもディッカちゃんは「やれやれ」と大袈裟に首をふって肩をすくませた。
「そう考えて、目の色をかえてしらべようとした者もいっぱいいたのじゃ。でもすっかりお手上げなのじゃ。よしんばわかったところで、わちきはあんな姿で長生きはしたくない」
ごもっともな意見にて、人類の希望をバッサリ切り捨てたディッカちゃん。
そんな八歳児の着物の胸元がもぞもぞしているのを、わたしは発見する。
何だろうと見ていたら、ひょっこり顔をだしたのは小動物。
「キュイ」
円らな瞳にてこちらを見つめつつ、かわいい声を発したのは、水辺の人気者コツメカワウソ。
四ト(四十センチぐらい)の大きさにて、長い尾も入れたら六トほどにもなろうか。
ひと目で女心をわし掴みにする絶妙な胴長短足具合。
薄黒褐色の艶のある毛並みは、肌触りがとっても良さそう。
人はかわいいモノ、愛らしい存在を前にすれば、衝動的に手を伸ばす。
触れたいという欲求に抗えないのだ。いわば本能のようなもの。かわいいは正義と誰かが言った。
だからわたしもこれに従ったのだけれども……。
内なる興奮と歓喜にて小刻みにふるえる指先。それが頭に触れる直前、ペチンと小さな手ではじかれた。
そしてコツメカワウソがニヤリと不敵に笑い、小さな牙をのぞかせながら言った。
「オイラに気安く触るんじゃねえ。泣かすぞ、ちんちくりん」
◇
コツメカワウソの禍獣アイアイ。
等級は不明だが、知能は高く言葉は達者。わりと器用だけど小さく非力ゆえに、戦闘力はほぼ無いに等しい。相手によって態度を変える性格。
パオプ国第二王女の庇護の下、ぬくぬく悠々自適な生活を満喫している。
このアイアイこそが、ディッカちゃんが紹介したいといっていたお友だち。
言動や態度はともかく、その愛らしい姿を前にしてしみじみ思ったのは……。
「負けた」
わたしはガックシ膝をつき敗北宣言。
「まったくもって、完敗ですわ」
白銀の大剣から白銀のスコップ姿に変じつつ、ミヤビも潔く負けを認める。
「……ちっ、これは勝負以前の問題」
漆黒の大鎌から草刈り鎌姿に変じつつ、アンが舌打ちにてぼそり。
えっ、何がって?
もちろん愛玩禍獣対決のことだよ。
うちにいる単子葉植物の鉢植え禍獣ワガハイと、ディッカちゃんのところのアイアイ。
能力的には似たり寄ったりだけれども、中身が同じならば見栄えがするほうがいいに決まっている。
ましてや愛らしさでは、まるで勝負になりゃしない。
確かにわたしは植物の世話を焼くのが好きさ。
園芸が趣味にて、実家には自分の花壇も持っている。街の品評会で金賞をとったこともあるし、第一次産業の星となる野望も秘めている。
キレイなお花は眺めているだけで心を癒してくれる。
土と戯れている時間もまた同じ。
でも、ソレはソレ、コレはコレなのである。
あぁ、わたしもぬくもりが欲しい。
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