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039 よろずめの呪槍
しおりを挟むある程度の予想をしていたとはいえ、当事者から聞かされ、わたしは思わず「ひどい」とつぶやき絶句。でも、すぐにハッとする。
「まさか、そのときの赤ちゃんって、ウルレンのことなの!」
パオプ国へ到着し最初に立ち寄った獅族(シゾク)の里。
族長の館にて出会い、縁側でいっしょにラクの盛り合わせを食べた幼女。
八歳にしてはしっかりしており、商人見習いをしていると言っていた。
「そのまさかだよ。そういえばきみはあの子に会っているのだったな。ウルレンのやつがしきりに感心していたよ。『チヨコおねえちゃんは、やさしくてとても芯が強い人だ』と」
別れ際に見せたウルレンの横顔。健気な姿の裏に潜む陰鬱な雰囲気。
ぼそりつぶやいた「もしも自分だったらきっと天剣(アマノツルギ)のチカラを使って……」という意味深な台詞。
ウルレンが何を吹き込まれて育てられたのかはわからない。けれども、きっとろくでもないことだけは確か。
わたしはキッと非難の意を込めてフーグをにらむ。
「あの子に何をさせるつもりなの? それにどうしてこんな……」
怒りの感情が高まりすぎて、うまくノドの奥から言葉が出てこない。
そんなわたしを見つめるフーグの目が細まり、これまでに見せたことのない感情を浮かべる。
それはいまにも泣き出しそうなほどの悲哀の感情。
「どうして、か……。その答えを教えてあげよう。ついてきなさい」
なんら拘束するでもなく、刃を突きつけ脅すのでもない。無防備に背中を見せて歩き出したフーグ。
わたしは戸惑いつつも、それについて行く。
向かったのは、この離れ小島にある祭壇のところであった。
◇
祭壇には一本の槍が突き刺さっている。
ねじれた黒い槍身。
表面には赤い筋が数本、ヘビのようにのたくっている。
ひと目見て、わたしはビクリとなった。
胸の内より湧いてくるのは嫌悪感。とにかく気持ち悪い。
かつてポポの里を襲撃してきたサルの銅禍獣ども。その骸の山を前にして、平然と脳みそで作った汁物をかっ喰らっていた、このわたしの足がすくむ。
なんだこれは?
そんな不気味な槍を愛おしそうに撫でながら、フーグは言った。
「これは『よろずめの呪槍』という魔法の道具。きみたちが地の神トホテに命じられて探しにきたモノだ」
「その黒い槍が北から悪いモノをこの地に引き寄せているの」
「あぁ、さすがに大地の気の流れを人為的にどうこうするのなんて不可能だからね。ゆえに北の最果てによどんでいるという毒を、ここの赤い海のチカラを使って、少しずつこちらに招き入れていたんだ」
「……どうしてって、訊くまでもないか。この国のチカラを削ぐためだよね」
「そうとも。なにせこの地の鉱物の採掘量は、神の機嫌にかなり左右されるらしいからな。微々たる毒とて、それが続けば。と、本国の魔術師どもは考えた」
地の神トホテより、うっかり彼がイラ立って起きたら、世界がどうなるかを教えられていたわたしは、その行為の危険性を指摘せずにはいられない。
こちらの大陸にて地殻変動が起きれば、海を隔てた向こうとて、けっしてただではすむまい。
だというのにフーグは平然と、こんなことをのたまう。
「確かに被害甚大となろう。けれどももっとも被害を受けるのは、まちがいなくここだ。ならば少なくとも自分の任務は成功となる」
この男はイカれてると思った。
それと同時に「どうしてそこまで帝国に忠義を尽くすのか」との疑問が、ついわたしの口からこぼれた。
すると一瞬だけきょとんとしたフーグ。
すぐにくつくつと肩をふるわし笑いだす。
あまりにも狂気じみた様子に、わたしだけでなくこの場に集っていた一同がギョっとなる。
ひとしきり笑ったのちにフーグは言った。
「帝国に対する忠義? そんなものあるものか! だがやらねばならぬのだ! でなければ、こんなバカげたことのために死んでいった妻や、我が娘たちや、多くの者たちが、あまりにも惨めで哀れすぎるではないかっ!」
血を吐くのかと思われるほどの絶叫にも似た叫び。
急に静かになったフーグ。虚ろな目にてぽつりともらしたのは「戦争に負けるということが、どういうことか。剣の母殿は知っているかね?」という言葉であった。
そして彼の口から語られたのは、とある小国が辿った運命と、懸命にこれと抗い続けた男が味わった絶望、その果てに誕生した呪われし槍の物語。
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