40 / 56
040 亡国の残滓
しおりを挟む周辺を山にかこまれた小国ながら、金や銀が産出できる鉱山を保有しており、長らく穏やかな暮らしを続けていたインホア国。
そんな国に突如として、災難が降りかかる。
レイナン帝国より一方的な宣戦布告があり、侵略を受けたのだ。
敵の軍勢を率いるはレイナン帝国、第四王子。
かの国では次期帝位を継ぐものの条件が「侵略戦争に勝利し国土を拡大すること」とされてある。
つまりインホア国は、帝位継承争いに巻き込まれてしまったのだ。
もちろんそんな暴挙を許すわけにはいかない。
インホア国側は徹底抗戦を試みる。
数の劣勢を天険を活かすことで、前線の兵士たちはじつによく戦った。
フーグも部隊を率いて、おおいに敵を震撼させる。
さすがに勝てるとまでは考えていない。戦における数は絶対に等しい。寡兵にて大軍を打ち破るのなんぞは、よほどの幸運と相手の指揮官が無能でもない限りは不可能。そもそも論として、大軍勢を率いるような人物が愚者などということはありえないのだ。よしんば上がお飾りとて、その下は優秀な人材で固めている。だからこそ進軍行動が可能。
ゆえに、いずれ戦線は押し切られる。
そうなる前にこちらの矜持を示し、侵略者たちに「割に合わない」と悟らせ、より有利な講和の条件を勝ち取ることこそがインホア国側の狙いであった。
部隊長以上の者はみな、このことを事前に本営より知らされていたので、けっして無理はせずに、どうにか戦い続けて時を稼ぐ。
一進一退の攻防。
といえば聞こえはいいが、実態はごりごりと味方陣営をヤスリで削られているようなもの。
それでも戦い続けていられたのは、フーグたちには守るべき者たちと帰りたい場所があったから。
けれどもそんな戦いの日々は唐突に終わる。
「なんだと! 武装解除のうえで全面降伏とはどういうことだっ!」
本営よりの伝令役におもわず掴みかかるフーグ。
苦しげにうめく伝令役が口にしたのは、本国の中央で起こった政変について。
王弟一派がレイナン帝国と密かに通じ、助力を得て王位の簒奪におよぶ。
もちろんことを成し遂げたあかつきには、自分とその一派の身分の保証は確約済み。
よもやの裏切りにて、最悪の形で決着をみた戦争。
前線にて歯を食いしばって戦い続けていた兵士らは、みな慟哭す。
「自分たちの犠牲は、仲間たちの死は、いったい何だったのだ!」
けれどもフーグたちを真の絶望が襲うのはこれからであった。
すでに王城も都もレイナン帝国の傀儡と化した王弟の手に落ち、もはやこれまで。
抵抗は無意味と悟り、命じられるままに武装解除に従う。
しかし甘んじて捕虜となったとたんに、みな散りぢりに各地へと転送され、そこで戦働きや肉体労働を強いられることになる。
国のために、王のために、みんなのためにと、一番犠牲を払ったフーグたちの苦しみは続く。
かたや不忠不義にて祖国を裏切った連中は、ぬくぬくと我が世の春を謳歌している。
フーグははらわたが煮えくり返りそうな怒りを抱えたまま、それでも倒れることなく生き続けた。
なぜなら本国には、まだ妻や娘たちが残されていたからである。
唯一の救いは、レイナン帝国は支配下に置いた国の民を無闇に傷つけたりはせずに、上手に統治するということ。
いずれは再会できるはず。
それを希望としフーグは耐え続ける。
◇
気づけば五年近くもの歳月が流れていた。
過酷な労役をどうにか乗り越え、幾たびもの戦地を生き抜き、ようやく本国への帰還を許されたフーグは、祖国の光景に呆然自失となる。
街並みにかつての名残りはなく、ほとんどの建物がレイナン帝国風の赤レンガを主体とした堅牢なものに変わっており、行き交う人々の顔には笑顔があって、通りの両脇に軒を連ねる商店には、品物が山のように積まれていたからである。
以前よりもずっと栄えている。
先の戦争のおり。
王弟らが寝返ったことと、前線の兵士たちや鉱山を差し出した功績によって、本来であれば第三等級の隷国に落とされ、搾取されるばかりであったのが、インホア国は第二等級の属国として遇された。
中央から送り込まれた統治官が監査役として居座るものの、半自治体制が認められたがゆえの恩恵が、この姿であった。
フーグはそんな祖国の発展ぶりを、複雑な心情にて見つめていた。
上層部への怒りはそのままに燻り続けている。しかし多くの民が幸せに暮らせているのならば、それはそれで悪くはない。そう納得しようとした。
だが……。
帰国したもののフーグの家はとっくに無くなっており、家族たちの行方もわからない。
あちこち訪ね歩くも、はじめは愛想がよかった街の住人たちが、フーグが帰還兵だと知ったとたんに急に表情を硬くして、口数も少なくなってしまい、ろくに受け答えもしてくれなくなった。
このことを訝しむフーグ。
すると路地裏にてボロをまとい、生きる屍のような姿となっている老人が、その理由を教えてくれた。
「おまえさんはあの戦争のとき、前線におったんじゃな? 気の毒にのぉ。捕虜となった兵らの身内の女たちの大半は帝国に連れて行かれちまって、それっきりさ」
つまり街の連中は、現在の自分たちの暮らしが、フーグたち前線にいた者らの犠牲の上に成り立っていることを知っていたがゆえに、気まずくなって目をそらしていたということ。
このことを知って、フーグは己が内に沸くドス黒い感情を否定することができなかった。
栄える都が、賑わう通りが、行き交う人々の笑顔が……。
とたんに色を失い、フーグの目にはとても汚らしいものに映る。
フーグは老人に礼をのべ、身を翻す。
向かったのは女たちが連れ去られたというレイナン帝国の帝都アルシャン。
◇
帝国の支配域において、生国の等級がそのまま民の等級をもあらわす。
完全自治が認められている第一等級は「特別自治区」と呼ばれ、住民らには帝国民と同等の権利が与えられている。
統治官のもと、半自治体制である第二等級は「属国」と呼ばれ、各種権利こそは認められているものの、納税の額がやや高く、なおかつ徴兵に応じる義務を負う。また勝手に国外へと出ることは許されていない。
悲惨なのが第三等級の「隷国」と呼ばれる立場。
この地の者は人間にあらず。ただ搾取されるだけの存在にて、施されるのは生きるために必要な最低限の保障のみ。
フーグは帝国中央を目指す過程にて、数多の国々を見てまわることになり、その過酷かつ効率的な帝国の支配を、まざまざと見せつけられることになる。
ときおり心をよぎるのは「あの選択もやむをえなかったのかもしれない」と裏切りを正当化する考え。
だがこれだけは断じて受け入れるわけにはいかない。
すぐに頭からそんな考えを叩き出し、フーグはひたすらに帝都アルシャンを目指す。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる