剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!

月芝

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040 亡国の残滓

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 周辺を山にかこまれた小国ながら、金や銀が産出できる鉱山を保有しており、長らく穏やかな暮らしを続けていたインホア国。
 そんな国に突如として、災難が降りかかる。
 レイナン帝国より一方的な宣戦布告があり、侵略を受けたのだ。
 敵の軍勢を率いるはレイナン帝国、第四王子。
 かの国では次期帝位を継ぐものの条件が「侵略戦争に勝利し国土を拡大すること」とされてある。
 つまりインホア国は、帝位継承争いに巻き込まれてしまったのだ。
 もちろんそんな暴挙を許すわけにはいかない。
 インホア国側は徹底抗戦を試みる。
 数の劣勢を天険を活かすことで、前線の兵士たちはじつによく戦った。
 フーグも部隊を率いて、おおいに敵を震撼させる。
 さすがに勝てるとまでは考えていない。戦における数は絶対に等しい。寡兵にて大軍を打ち破るのなんぞは、よほどの幸運と相手の指揮官が無能でもない限りは不可能。そもそも論として、大軍勢を率いるような人物が愚者などということはありえないのだ。よしんば上がお飾りとて、その下は優秀な人材で固めている。だからこそ進軍行動が可能。
 ゆえに、いずれ戦線は押し切られる。
 そうなる前にこちらの矜持を示し、侵略者たちに「割に合わない」と悟らせ、より有利な講和の条件を勝ち取ることこそがインホア国側の狙いであった。
 部隊長以上の者はみな、このことを事前に本営より知らされていたので、けっして無理はせずに、どうにか戦い続けて時を稼ぐ。
 一進一退の攻防。
 といえば聞こえはいいが、実態はごりごりと味方陣営をヤスリで削られているようなもの。 
 それでも戦い続けていられたのは、フーグたちには守るべき者たちと帰りたい場所があったから。
 けれどもそんな戦いの日々は唐突に終わる。

「なんだと! 武装解除のうえで全面降伏とはどういうことだっ!」

 本営よりの伝令役におもわず掴みかかるフーグ。
 苦しげにうめく伝令役が口にしたのは、本国の中央で起こった政変について。
 王弟一派がレイナン帝国と密かに通じ、助力を得て王位の簒奪におよぶ。
 もちろんことを成し遂げたあかつきには、自分とその一派の身分の保証は確約済み。
 よもやの裏切りにて、最悪の形で決着をみた戦争。
 前線にて歯を食いしばって戦い続けていた兵士らは、みな慟哭す。

「自分たちの犠牲は、仲間たちの死は、いったい何だったのだ!」

 けれどもフーグたちを真の絶望が襲うのはこれからであった。
 すでに王城も都もレイナン帝国の傀儡と化した王弟の手に落ち、もはやこれまで。
 抵抗は無意味と悟り、命じられるままに武装解除に従う。
 しかし甘んじて捕虜となったとたんに、みな散りぢりに各地へと転送され、そこで戦働きや肉体労働を強いられることになる。
 国のために、王のために、みんなのためにと、一番犠牲を払ったフーグたちの苦しみは続く。
 かたや不忠不義にて祖国を裏切った連中は、ぬくぬくと我が世の春を謳歌している。
 フーグははらわたが煮えくり返りそうな怒りを抱えたまま、それでも倒れることなく生き続けた。
 なぜなら本国には、まだ妻や娘たちが残されていたからである。
 唯一の救いは、レイナン帝国は支配下に置いた国の民を無闇に傷つけたりはせずに、上手に統治するということ。
 いずれは再会できるはず。
 それを希望としフーグは耐え続ける。

  ◇

 気づけば五年近くもの歳月が流れていた。
 過酷な労役をどうにか乗り越え、幾たびもの戦地を生き抜き、ようやく本国への帰還を許されたフーグは、祖国の光景に呆然自失となる。
 街並みにかつての名残りはなく、ほとんどの建物がレイナン帝国風の赤レンガを主体とした堅牢なものに変わっており、行き交う人々の顔には笑顔があって、通りの両脇に軒を連ねる商店には、品物が山のように積まれていたからである。
 以前よりもずっと栄えている。
 先の戦争のおり。
 王弟らが寝返ったことと、前線の兵士たちや鉱山を差し出した功績によって、本来であれば第三等級の隷国に落とされ、搾取されるばかりであったのが、インホア国は第二等級の属国として遇された。
 中央から送り込まれた統治官が監査役として居座るものの、半自治体制が認められたがゆえの恩恵が、この姿であった。
 フーグはそんな祖国の発展ぶりを、複雑な心情にて見つめていた。
 上層部への怒りはそのままに燻り続けている。しかし多くの民が幸せに暮らせているのならば、それはそれで悪くはない。そう納得しようとした。
 だが……。

 帰国したもののフーグの家はとっくに無くなっており、家族たちの行方もわからない。
 あちこち訪ね歩くも、はじめは愛想がよかった街の住人たちが、フーグが帰還兵だと知ったとたんに急に表情を硬くして、口数も少なくなってしまい、ろくに受け答えもしてくれなくなった。
 このことを訝しむフーグ。
 すると路地裏にてボロをまとい、生きる屍のような姿となっている老人が、その理由を教えてくれた。

「おまえさんはあの戦争のとき、前線におったんじゃな? 気の毒にのぉ。捕虜となった兵らの身内の女たちの大半は帝国に連れて行かれちまって、それっきりさ」

 つまり街の連中は、現在の自分たちの暮らしが、フーグたち前線にいた者らの犠牲の上に成り立っていることを知っていたがゆえに、気まずくなって目をそらしていたということ。
 このことを知って、フーグは己が内に沸くドス黒い感情を否定することができなかった。
 栄える都が、賑わう通りが、行き交う人々の笑顔が……。
 とたんに色を失い、フーグの目にはとても汚らしいものに映る。
 フーグは老人に礼をのべ、身を翻す。
 向かったのは女たちが連れ去られたというレイナン帝国の帝都アルシャン。

  ◇

 帝国の支配域において、生国の等級がそのまま民の等級をもあらわす。
 完全自治が認められている第一等級は「特別自治区」と呼ばれ、住民らには帝国民と同等の権利が与えられている。
 統治官のもと、半自治体制である第二等級は「属国」と呼ばれ、各種権利こそは認められているものの、納税の額がやや高く、なおかつ徴兵に応じる義務を負う。また勝手に国外へと出ることは許されていない。
 悲惨なのが第三等級の「隷国」と呼ばれる立場。
 この地の者は人間にあらず。ただ搾取されるだけの存在にて、施されるのは生きるために必要な最低限の保障のみ。
 フーグは帝国中央を目指す過程にて、数多の国々を見てまわることになり、その過酷かつ効率的な帝国の支配を、まざまざと見せつけられることになる。
 ときおり心をよぎるのは「あの選択もやむをえなかったのかもしれない」と裏切りを正当化する考え。
 だがこれだけは断じて受け入れるわけにはいかない。
 すぐに頭からそんな考えを叩き出し、フーグはひたすらに帝都アルシャンを目指す。


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