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041 十三番目の王女

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 寸分たがわぬほど精緻に削られた同形の石材。
 これをひたすら積み上げて作られた帝都アルシャン。
 果てには霞がかかっており、全貌がわからないほども続いている外壁が、高く切り立った崖のようにそびえ立つ。
 国の中心地を守る壁は、その国のチカラを示すもの。
 他者を喰らい続けることで膨張を続けてきたレイナン帝国。
 ここまで来る間に散々に見せつけられて、よく知っていたはずのフーグは、壁を前にして「こんなバケモノにかなうわけがない」とつぶやかずにはいられなかった。
 内部へと通じる門もまた超大にて、守りは厳重。
 通行手形のない者は問答無用でしょっぴかれるから、商隊にでも紛れ込んで……ともいかない。
 どうしたものかと思案しつつ、門前街に潜伏していると、たまたま耳にしたのがとある襲撃計画。
 かつての自分と同じように、生国を攻め落とされた者たちが集まって、帝国の王族に一矢報いるというもの。
 これをフーグは「無謀な」と吐き捨てる。「よくもこの壁や備えを前にして、そんな考えが浮かぶものだ」とあきれもした。
 だから参加することはない。けれども「これは利用できる」と考えた。

 案の定、実行された襲撃計画は、それは無残な結果に終わる。
 事前に情報が相手に筒抜けであったのだ。
 どうやら味方に裏切り者が潜んでいたらしい。
 もっとも、そんなことがなくとも計画が成就することはなかったであろう。
 なにせ帝国の王族は、次期帝位継承をめぐり、この世に産まれ落ちた瞬間から、壮絶な骨肉の争いの渦に巻き込まれることが宿命づけられている。
 そんな苛烈な状況を生き抜いてきた者たちが、行き当たりばったりの襲撃計画なんぞに倒れたりするわけがない。
 襲撃者たちは待ちかまえていた強兵らに囲まれて、次々と討たれていった。
 しかしそれを隠れみのとし、フーグはまんまと壁を超えることに成功する。

  ◇

 広大な帝都内ゆえに入り込んでしまえば、つけ込む隙はいくらでもある。
 フーグが身を隠して活動するのには支障はない。
 けれどもその超大さゆえに、欲しい情報がなかなか手に入らなかった。
 それでも潜入し続けること二年。
 ようやくたどり着いたのは、とある宝物殿に奉納されてあるという黒い槍のウワサ。
 その宝物殿は第四王子が自慢のお宝を飾り、己の権勢を誇示するためだけに建てられたもの。
 第四王子とは、かつてフーグの祖国インホアに侵略戦争を仕掛けてきた憎い相手。
 この王子は魔術具狂いとしても有名であった。
 黒い槍は、第四王子の命令を受けてお抱えの魔術師集団が、禁忌の術にて造り出した呪具だという。
 素材となる鉄を精製する際に、炉に多数の女の命を捧げることで魂の蒼炎を練り込み、これを寄り合わせて作られる。
 穢れた槍の一本を作るためだけに、各地より集められた十万近い数の女たちが犠牲になったという話を聞いたとき、フーグは全身が総毛立つのを抑えられなかった。

  ◇

 深夜に宝物殿へと忍び込んだフーグ。
 台座に横たわるようにして安置されてあった「よろずめの呪槍」を間近にし、泣き崩れる。
 理屈ではない。
 それでもわかってしまったのだ。
 黒い槍の中に、自分の妻や娘たちがいることを。
 死してなお、その魂が囚われ苦しみ続けていることを。
 こんなことが許されていいのか!
 怒りのままにふり下ろした短剣。その刃が槍に当たった瞬間に砕け散り、フーグは立ち尽くす。
 いかに悪趣味の極みだとて希少な品にもかかわらず、比較的侵入が簡単な場所に堂々と飾られてあるのは、宿る禍々しきチカラゆえに容易に動かせないことがわかっていたから。
 自分には何もできない。
 たった一本の槍を折ることもかなわず、無念のうちに散った女たちの魂を救うこともままならぬ。
 己が無力を痛感し、絶望のあまりフーグが両膝をつきそうになった、その時!
 柱の陰から一人の若い女が姿をあらわす。

「おまえはしょせんそこまでの男か? ならばとんだ見込みちがいであったわ」

 見た目は十代半ば、華憐な花を連想させる乙女。
 しかしまとっている雰囲気が尋常ではなく、声に含まれる威厳もまた。
 本来であれば、すぐに警戒態勢をとらなければいけないのに、フーグは中腰のまま動けなかった。
 フーグは彼女の金色の目を見た。
 彼女もまた真っ直ぐにフーグを見つめている。
 静謐の中に猛々しさを持つ、猛禽類を思わせるような瞳が、フーグの心どころか魂をも捕らえて、抑え込んでしまう。

「元インホア国、第百八番分隊、隊長フーグ。おまえの動向には早くから目をつけていた。なみなみならぬ執念にて、数多の試練をくぐり抜け帝都へと肉薄する様も。まんまと忍び込んだあとも、な」
「……おまえは、いったい?」
「わたしは第十三王女ラクシュ。この醜く肥大した帝国を内より喰い破り壊す者。フーグよ。いまここで決めろ。わたしとともに復讐を果たすか、悲しみの泉に浸りただ虚しく朽ちてゆくのかを。もしもわたしと共に行くと誓うのならば、まずは手始めにきさまの故国を蹂躙し、女たちの魂を弄んだ愚兄の首をくれてやろう」

 差し出された白くうつくしい腕。
 整えられた指先には、わずかな肌荒れも見当たらず、艶のある爪の表面が真珠のように輝いてさえいる。
 しかしその腕がフーグの目には、まるで地獄から彷徨いでた白骨の亡者のもののように見えた。


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