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048 心の問題

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 勇者のつるぎミヤビに乗ったわたしとシルラさんが、魔王のつるぎアンである漆黒の大鎌を引きつれて地上へと戻ったとき、フーグ率いる一党の姿はすでになかった。
 雁首をそろえていたのは、うなだれている調査隊の連中ばかり。
 すっかり腑抜けている連中に向かってシルラさんが「いそぎ首都の王城に戻るぞ」と告げて、尻を蹴飛ばす。
 いまから戻ったところであちらの一斉蜂起には間に合わぬだろうが、せめて被害を最小限に喰い止めねばならないとの考え。
 だがしかーし、まだ可能性は残されている。
 なにせうちのアンには転移能力があるからね。これを使えばあるいは……。

「ねえ、アンちゃんや。緊急事態につき、みんなをあなたの空間にまとめてご招待しちゃったりとか」
「……ぜったいに、イヤ」

 剣の母がネコナデ声にて頼んでみるも、次女(鎌)はけんもほろろだった。
 まぁ、彼女にしてみれば乙女の大事な秘部なり恥部を晒すに等しい行為にて、不特定多数の殿方だなんてもってのほか。ハレンチ極まりないとのこと。
 いくらか認めつつあるシルラさんのみであったとしても「イヤだ」とまで言われては、いかんともしがたく。
 とどのつまり、わたし以外にカラダを許す気はないと。
 そういえば長女(剣)もわたし以外を乗せて飛ぶことは、あまりやりたがらないんだよねえ。特に男性はめちゃくちゃイヤがる。この貞操観念の固いところも、剣の母であるわたしに似たのかしらん?
 フム。となれば、やれることはただ一つ。
 わたし自らが乗り込んで、ディッカ姫やウルレンたち小さなお友だちを助けるしかない。
 すべてが丸く収まる都合のいい結末なんておとぎ話の中だけ。
 そんなことはわかっている。それでも幼女たちが傷ついて、涙を流すのはまちがっているはずだ。そのことだけは断言できる。

「というわけで、ひと足先に首都の王城へ向かいます」

 わたしが告げたら「うん?」とシルラさんは首をかしげた。
 説明する時間がもったいないので、わたしはパチンと指を鳴らす。
 これを合図に漆黒の大鎌がブンとふるわれ、たちまち空間がスパッと裂けた。
 白銀の大剣姿のミヤビに乗って、その中へともぐり込む。

「ええええーっ!」という今日一番のみんなの驚愕。それらに見送られつつ、わたしは薄闇の世界を進んだ。

  ◇

 アンが構築する転移のための空間内は基本的に薄闇。
 足下に浮かんでいる光の線をたどって、目的地へと誘導される。
 もしもこれをそれて、うっかり迷ったらとってもおそろしい目に合うらしい。
 だから光の線からはずれないように、慎重にミヤビに飛んでもらいつつ、先を急ぐ。
 すると背負い袋の中がごそごそして、ひょっこり顔を出したのは鉢植え禍獣のワガハイ。
 戦闘中はクソの役にも立たないので、基本的に鉢の土に潜ってダンマリを決め込んでいる。そのくせ置いていかれるのはイヤだとごねる。そんな寂しがり屋さんの一面を持つおしゃべり花野郎。

「寒くなったり、熱くなったり、上ったり下りたり、あげくに首都へとんぼ返り。忙しい忙しい」
「いや、ワガハイ、なんもしてないじゃん」

 渇き気味の土に水を与えつつ、わたしが文句を口にすると「ちっ、ちっ、ちっ」とワガハイが枝葉をふった。

「ワガハイの明晰なる頭脳は、寝ているときも働き者。その生産性の高さたるや世界有数。よって話しはばっちり聞かせてもらった。
 で、悪漢どもの行動を推察するに、狙うとしたらディッカ姫あたりが妥当だと考える次第なのであーる」

 いかに城内外にて手引きする者たちがいたとて、女王ザフィアの身辺は守りが固い。
 すでに成人しているという長兄長姉の方にも、専属の警護がついているはず。かといって評議会の老人たちでは、交渉材料としてはちと弱い。
 その点、ディッカ姫はまだ幼く、わりと自由に城内を走り回っていた。
 もしも女王に言うことをきかせたければ、これほど都合のいい駒はない。
 子を人質にとって親にいうことをきかせる。
 かつてフーグがウルレンの父ロウセにやったのと同じ手口。単純だがその効果は絶大。
 子を盾にとられて狼狽する姿を晒すだけでも、女王の求心力低下は避けられない。
 人間とはまことに勝手な生き物ゆえに、自分の理想をついつい他者に押しつけるもの。
 なまじふだんが毅然とした態度にて、ばりばり仕事をこなす姿が印象的ゆえに、きっとその落差を好意的にとらえる者がいる反面、がっかりする者も相当数でるはず。
 腹の立つことに、どう転んでもフーグやサガンの狙いが、大なり小なりかなえられてしまう。
 一連の行動を「埋毒の計」と呼び、国崩しのための「楔」とはよくいった。
 強固な城や整った体制ではなく、あえて人心を攻略対象に選ぶなんて。わたしはその悪辣な発想そのものがおそろしい。
 まんまとフーグを逃がしてしまったことは悔やまれるが、いまは目の前のことに集中しないと。

「一番の問題はウルレンちゃんか……」

 なんとか事態を軟着陸させることはできないかと、わたしは口をへの字にてしかめっ面。

「ですわ。物心つく前からウソを吹き込むだなんて」

 足下のミヤビも憤りを隠せない。

「……外道」

 平行して飛んでいるアンも同じく怒っている。
 おそらくウルレンちゃんはフーグから、適当な陰謀話にて「父を殺したのはパオプ国の王家と評議会の面々だ」と刷り込まれているはず。
 この誤解を取り除くことは、生半可なことではない。
 果たしてわたしにウルレンちゃんの心を救うことができるのだろうか。


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