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049 かけちがい

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 魔王のつるぎアンの能力である転移。
 彼女が発生させるナゾ空間を抜けた先は、パオプ国の首都ヨターリー最深部に位置している白亜の王城内、わたしがお世話になっている客室であった。
 いきなり飛び出すようなマネはせずに、空間の裂け目からひょっこり顔を出して周囲の様子を伺う。

「よし、誰もいないね」

 念のため足音を立てぬよう、つま先立ちにて差し足忍び足。気分は完全に女盗人。ちょっとドキドキ。
 室内の空気はひんやりとしており、かつ整然としていた。
 ほんの数日ばかり留守にしただけで、すっかり生活感が失せている。
 おそらくわたしが出かけてから誰かが掃除をしたのだろう。本職の手が入るとこうもちがうものかとホトホト感心させられる。
 っと、そんな場合ではないので廊下へと通じる扉へと近寄り、外の様子を探る。
 こちらも静かなもの。
 それを確認してから、わたしは勇者のつるぎミヤビにお願いした。

「ディッカちゃんかギテさんがどこにいるのか、気配を探ってちょうだい」

 勇者のつるぎミヤビには探査能力が備わっている。面識がある相手ならば、その気配を探ることである程度の居場所を特定することが可能。
 宙に浮かんだ白銀の大剣が、ゆっくりと水平に回転を始めた。
 しばし右へ左へとふれていた切っ先が、やがて南東を指して止まる。

「チヨコ母さま、どうやらお二人とも初日に案内された場所にいるようですわ」

 大きな円卓のある会議室。
 女王と評議会の面々が大切な話し合いの際に用いている部屋。城内でも奥まったところに位置しており、機密性は抜群。
 そんなところに大人のギテさんはともかく、どうしてディッカちゃんが?
 その理由は、実際に行ってみたらすぐに判明した。

  ◇

 とはいえ、さすがにいきなりアンのチカラで会議室に突入とかはしない。
 まずは状況をしっかり把握してからである。
 帯革にスコップに変じたミヤビと草刈り鎌に変じたアンを収納し、わたしは行動を開始。
 廊下に出てシュタタと壁際を駆ける。こうすると足音が反響しないって、まえに元義賊にて現在よくわからない集団と化した、紅風旅団の副首領アズキに教えてもらったので。

 城内にて静かだったのは、自分たちが寝泊りしていた部屋の一角のみであった。
 途中、窓から外を見れば甲冑姿が多数うろついており、廊下にもちらほら。
 これに混じって女官やら官吏やらが右往左往している。
 明らかに混乱しており、さながら火事場のよう。
 わたしは極力ひと目を避けつつ会議室を目指す。けれどもそちらへと近づくほどに、人の数がどんどんと多くなっていき、ついには隠密行動が不可能なほどの密々に。
 辺境の小娘にこれを突破する術などない。
 そしてこんなたいへんな時に、城内を不審な子どもがうろついていたら、当然ながらすぐに「おい、そこの娘、ちょっと待て」と呼び止められてしまう。
 ただし運のいいことに、わたしに声をかけてきたのは、かつて神聖ユモ国からパオプ国へと招聘された際にお世話になった使節団の一人であった。
 彼はわたしがシルラさんとともに火の山へと調査に向かっていたことも知っていたので、これ幸いと手短に事情を説明したら、案内されたのは女王ザフィアさまのところ。
 その道行にて現状について彼の口から教えてもらったところによると、どうやらウルレンちゃんを旗頭にしている若手連中が、徒党を組んでディッカ姫とギテさんを人質に、会議室に立てこもっているらしい。
 それでもって現在は首脳陣と交渉の真っ最中。

 この話を聞いてわたしは「えらいこっちゃ!」とおどろくも、「アレ?」と首をかしげてもいた。
 たしかフーグやサガンは「彪族(アヤゾク)を中心にした若手の一斉蜂起」とかなんとかほざいていたような。
 話しぶりからして、それこそ血の革命でも起こすのかと思っていたのだけれども、想像していたよりもずっとこじんまりしている。
 これなら急いで帰ってこなくてもよかったのかもしれない。
 と考えたぐらいである。
 けれども、それははやとちりであった。
 実態は二百を超える若い武官らが一斉に行動を起こしたとのこと。
 勢いのままに姫の身柄を抑えるまでは目論み通りに進む。けれどもそこから先がマズかった。
 序盤にてあんまりにもことがうまく運んだことに味をしめた若い連中。他にも国政を担う主だった面々の身柄を抑えようと欲をかいた。
 いかに事前に周到な作戦を立てようとも、現場が余計な行動を起こせば、どうしたって綻びが生じる。
 案の定、広く迷路のような城内にて、分散した小集団が各個撃破となり、あらかたが鎮圧されてしまう。
 気づいたときには、現在、会議室にて籠城している五十三名ばかりとなっていた。

 籠城とは、援軍もしくはそれに準ずる策と対になって、はじめて成立するもの。
 でも立てこもっている連中にそんなものはない。
 つまりは今回の一斉蜂起は失敗。
 もはやこれまでにて、とっととヤメてしまえばいいものを、これを許さないのがウルレンちゃんと、彼女の生家が巻き込まれた大逆事件。
 事件の裏には陰謀があると思い込んでいるウルレンちゃん。
 王家に「真実を公表して謝罪しろ。亡き父の名誉を回復し、理不尽に解体された彪族を復権させろ」と声高に主張。
 けれどもそんなモノはない。
 いくら要求されたとて示しようがない王家や評議会側は困惑するばかり。
 そして騒ぎが大きくなればなるほどに、長引けば長引くほどに、彪族側が不利になっていくことを当人たちが気づいていない。
 このままだと市井にてまっとうにがんばっている同胞たちにまで、災禍がおよぶことになってしまう。
 もしもディッカ姫を傷つけたりしたら、今度こそ一族郎党その末端に至るまで累がおよぶ……なんてことも。

 最初っからかけちがったボタン。
 いくらせっせととめたとて、ズレがなくなることはない。
 これを解消するには、やはりいったんすべてをはずして一からはめ直す必要がある。

  ◇

 女王さまたちが詰めている場所へと案内されたわたしは、再会の挨拶を省略し、かくかくしかじかと火の山での出来事を説明してから一同に告げた。

「わたしに考えがあるの。ここはこの『剣の母』を信じて、立てこもっている連中との交渉をまかせて欲しい」と。


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