53 / 56
053 ある物語のはじまり
しおりを挟む女王ザフィアより発せられた伝令。その口から王城での争乱がいちおうの決着をみたことを告げられたのは、帰路の途上にあったシルラ率いる調査隊。
安堵しつつ首都ヨターリーへ帰還すると、城へと通じる道へと詰めかけた大勢の民の歓声によって、出迎えられる。
どうやら世間的には「剣の母とディッカ姫が地の神トホテの神託を受けて、これを果たすために火の山へとシルラたちが出向き、見事に達成しての凱旋」ということになっているらしい。
木を隠すならば森の中ではないが、彪族(アヤゾク)を中心にした若手の一斉蜂起を緊急訓練と称し、すべてをごっそりモミ消すにあたって、女王が放った第二の矢がコレ。
なにやらよくわらかないが、国の危機を救った英雄を祀りあげることで、世間の目をごっそり欺くという算段。
けれどもその裏には、獅族(シゾク)の族長であり兄でもあったサガンの罪の責任をとって、シルラが士鬼衆の立場を退くことを許さない。「一人だけ逃げて楽になんてさせない。ともに重い荷を担いで歩いてゆけ」との、女王の強い意思が込められてあった。
否応にもそのことを理解したシルラは「やれやれ」とぼやきつつ、周辺から向けられる声援に応える。
「まったく、きびしい御方だな。我らが女王さまは」
女武官は居ずまいを正し顔をあげる。
その表情には、もはや一片の迷いもなかった。
◇
謁見の間にて、凱旋したシルラさんから報告を受ける女王ザフィアと評議会の面々。
その後は、祝賀会が盛大に催される。
主賓席にて、顔を引きつらせているシルラさんを眺めているのは楽しかったが、わたしは頃合いを見計らって「ほほほ、ちょっとお花を摘みに」と言って、宴席をこっそり抜け出す。
向かったのは、あれから数日経っているのにもかかわらず、昏々と眠り続けているウルレンちゃんのところ。
わたしが顔を出すと、ずっとウルレンちゃんの看病をしていたギテさんは首を小さくふるばかり。
いまだに目覚める気配はないらしい。わたしの水を飲ませてもダメ。医師たちにも念入りに診てもらったんだけど、肉体的には問題がなく、おそらくは心の問題なのだろうという話であった。
小さなカラダで受け止めるには、彼女を巡る出来事の数々はあまりにも重すぎる。
だからウルレンちゃんが現実を拒絶しても、安易に「それはダメ」とはわたしにはとても口にできない。
眠り続ける幼女の額にかかった前髪。
それを指先でそっと整えながら、「わたしって、じつはものすごく恵まれているよね」とつぶやかずにはいられない。
頼りになる働き者の父に、美人で気立てのいい母、世界一かわいい妹、口やかましいけれども悪いことをしたらビシッと叱ってくれる神父さま、いろんなことを教えてくれる呪い師のハウエイさん、なんでも拵えてしまう鍛冶師のボトムさん、ポポの里の安全を守ってくれている隻眼隻腕隻足のロウさん、いつも気苦労の絶えない里長のモゾさん、イケてない幼なじみのサンタ、里のみんな……。
そりゃあ、辺境の隅っこ暮らしにて、お世辞にも快適だとは言えない。
それでも帰れる場所があって、待ってくれている人たちがいる。
それはとてもとても幸せなこと。
わたしがぽつぽつとそんなことを口にしていたら、ギテさんが「確かにその通りです。だからとて、あなたがこの子に負い目を感じる必要はないのですよ」と言ってくれた。
「むしろ負い目を感じるべきは、我々大人なのですから」とも。
◇
眠り続ける幼女の目元からときおり雫がこぼれ落ちる。
それを手ぬぐいで拭くギテさんのまなざしはどこまでも優しい。
「この子は、母親の幼い頃にとてもよく似ています。大きくなったらきっと、すらりとした美人になりますよ」
老嬢が昔を懐かしむ。
その口から語られたのは、まだ誰もが笑えていたあの頃。
ロウセの若妻にして、自分の命と引き換えにウルレンを産んだ母親は、ギテの遠縁にあたる娘であった。
カラダは丈夫ではなくて、線も細かったが、芯がしっかりとしており心優しい女性であった。
少しだけ歳は離れていたが、それは仲睦まじい夫婦であった。
懐妊したことがわかったときのロウセのよろこびよう。親友であるレキセイ、その妻であったザフィア女王もまた祝福し、すぐさまギテに祝いの品と手紙を託して向かわせたほどである。
思えばあそこが幸せの絶頂であったのだ。
自身が優れた医師でもあったロウセは、愛妻のカラダがとても出産には耐えられないと判断し、なんとか妻を説得しようとした。
しかし妻はかたくなにこれを拒絶。
「自分はどうなってもかまわない。だからこの子だけは」
目立ちはじめたお腹を愛おしそうにさすりながら必死に懇願されて、ついにはロウセの方が折れることになる。
こうしてウルレンが生まれたのだが、母は我が子をたった一度だけ抱擁して息をひきとった。その死に顔は満足げにて笑顔すら浮かべていたという。
最愛の者を授かるのと、最愛の者を失う。
そんな経験を同時にしたロウセの胸中は、とても余人にはかれるものではない。
だからこそ、彼は娘の心臓にある不治の病を知ったとき、あれほど苦悩し、ついには道を踏み外してしまったのだから。
◇
昔語りを終えたギテさん。
しんみりとした態度とは裏腹に、ギュッと手ぬぐいを握りつぶし「だからこそ、私は怒っているのです」と心中をぶちまける。
「どうしてロウセは一人ですべてを抱え込んだのでしょうか?
どうしてレキセイは一人で親友を助けようとしたのでしょうか?
困っていたのならば素直に女王さまに泣きつけばよかったのです。周囲にすがればよかったのです。それを面子だのしきたりなんぞと、ごちゃごちゃごちゃごちゃ。
まわりくどいことをしたあげくに、勝手に逝くだなんて……」
ギテさんの怒り。
それは身勝手に自己完結している男たち全員への怒りであった。
残された女たちの気持ちを代弁する怒りであった。
相談すらもされなかった自分の不甲斐なさに対する怒りでもあった。
それらが巡り巡って、いまなお幼子たちを苦しめていることへの怒りでもあった。
「ウルレンの未来は、この老骨が全身全霊を賭けて守ってみせます。ええ、守ってみせましょうとも」
決意表明にて、もともとシャンとしていたギテさんの背筋がいっそうシャキンと真っ直ぐにのびた。
女王さまたちも悪いようにはしないって約束してくれたし、この分ならばきっと大丈夫であろう。
などとわたしが安堵していたら、うっすらと開いたウルレンちゃんのまぶた。
まだ意識がはっきりせずにぼんやりと天井を見つめているウルレンちゃんを、ギュッと抱きしめたギテさんが「よかった」と泣いていた。
わたしはそんな二人を残し、そっとその場をあとにした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる