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054 千本斬り

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 周囲に悟られることなく宴席へと戻ったわたし。
 とたんに、わらわらと群がってきたのはムキムキの集団。
 誰かとおもえば首都にて工房をかまえているという一流の鍛冶師たち。
 好奇心旺盛な彼らのこと。てっきり帯革の中にておとなしくしている天剣(アマノツルギ)たちを見せて欲しいとでも言うのかと思いきや、さにあらず。

「勝負だ! 嬢ちゃん」

 いきなりわけのわからないことを口走るものだから、わたしはキョトン。
 とりあえず落ちつこうと、手近にあったカップに口をつけて、ホッとひと息。
 で、あらためて「何のこっちゃい」とたずねたら、まさかの全員が土下座。

「頼む。オレたちの打った業物と、天剣を比べさせて欲しいんだ。もちろん神さまが剣の母を通じて地上へと遣わしたモノにかなうだなんて、思いあがっちゃいねえ。
 ただ、知りたいんだ。
 自分たちの技が、研鑽が、いまどのあたりにいるのかを!
 これからどこを目指すべきなのかを!」

 勝負の方法は単純にして明快。
 パオプにて腕に覚えありの鍛冶師たちが用意した、剣や槍や盾や鎧なんかを並べて、これを天剣にてスパッっとやってもらう。
 一刀を耐えられたら勝ち、ばっくり割れたら負け。
 やれやれ男の人って、本当に勝負ごとが好きだよね。
 わたしはあきれちゃうよ、ヒック。
 って、アレ? なにやら気持ちがふわふわして、なんだかヘンな感じ。

「あら、チヨコ母さまが飲んだのって、お酒ですわ」とミヤビ。
「……それもけっこう酒精が強い」とアン。
「ケケケケ、いいぞー、全員かかってこいやー」とは鉢植えの禍獣ワガハイ。すでに酔っ払い中。
「そうだそうだ。まとめて勝負してやるぜぇ」とはコツメカワウソの禍獣アイアイ。同じく酔っ払い中。

 酔っ払った禍獣たちの言葉をわたしの言質とかんちがいした鍛冶師の面々。「ひゃっほう!」小躍りしてさっそく準備にととりかかる。
 周囲も「いいぞー」「やれやれー」とはやし立てるものだから、酔ってるわたしも「まぁ、いいか」と流されるままに身をまかせた。

  ◇

 かくしてなし崩し的に始まった、神の遣わした天剣と人間の業物との対決。
 とはいっても、わたしは早くも酔いが回って、うつらうつらと舟をこぐ。
 かろうじて覚えているのは、広間にずらりと並んだ武具や防具たち。
 その総数、千。
 まるで世界中から全種類をかき集めたかのような壮観な光景に、そこかしこから「おーっ」と感嘆の声があがるのを聞きながら、わたしはミヤビとアンに、「好きにやっちゃって」と告げたところで、コテンと寝落ちした。

 夢の中で地の神トホテに会った。
 あいかわらずのでっかいナメクジっぷり。
 ぷるぷる全身を小刻みにふるわせながら、トホテが言った。

「やれやれ、人間もむちゃくちゃをする。まったくあきれたものよ。今回は剣の母もいい災難であったな。
 して、約束の星香石なのだが、きちんと送っておいた。
 ついでにオマケもつけておいたぞ。
 では、これからもいろいろとたいへんだろうが、せいぜい精進するがよい」

 星香石はいいから「いろいろ」の方を詳しく教えてちょうだい!
 という、わたしの切実なる叫びはするっとムシされた。
 ぷつんと交信終了。
 神とはかくも一方的にて、身勝手なものなのである。

  ◇

 目を覚ましたら、宴席が静まり返っていた。
 眠い目をこすって見てみれば、広間を無数の残骸が埋め尽くしている。
 壁際にはガックシとうな垂れている鍛冶師たちと、これを慰めている宴席の出席者たちの姿があった。
 なんとなーく、自分が寝ている間に何が起こったのかは想像がついたけれども、ちょっと認めたくなかったので、とりあえず視線を外してわたしは現実逃避。
 すぐそばには、酔っぱらって寝ているワガハイとアイアイの姿。
 ワガハイの鉢の中にて仲良く絡まって寝ているコツメカワウソの禍獣の姿は、とっても愛らしい。
 いまならば難攻不落のアイアイを撫でられるかもしれない。
 けれども勝手に触ったのがバレたら、怒ってたぶん一生口を利いてくれなくなりそうだから、ここはグッとこらえる。
 フゥと吐いた自分の息。その酒臭さにちょっとびっくりしつつ、わたしは意識を現実へと戻す。

「えーと、あれってもしかして」
「はい。チヨコ母さまのご命令のままに、全部やっつけてやりましたわ」
「……ふっ、つまらぬモノを斬った」

 わたしがたずねたら、案の定の答えがミヤビとアンから返ってきた。
 あんまりにも一方的にザクザク斬りまくったものだからこその、このお通夜状態。
 余興が激しすぎて、せっかくの愉快な宴席が台無し。
 このままだと職人たちの心までへし折ってしまいそうなので、なにか気の利いた慰めの言葉のひとつでもかけようかと、わたしが席を立ったそのとき。
 コツンと足下にて音が鳴る。
 静まり返っている宴席にて、それはとてもよく響いた。
 で、自然とみなの視線が落ちた品に集まったのだけれども、とたんに「ギョッ!」
 それは満天の星空を濃縮したような宝石。
 パオプ国の至宝「星香石」であった。


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