こちら第二編集部!

月芝

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第六の怪 女王からの挑戦状 その四

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 マリア観音像の中に隠されていた地図は、広げても手の平におさまる程度の大きさしかない。
 このままでは小さく読みづらいので、まずはコンビニエンスストアにて人数分、拡大コピーをした。
 ついでに買ってきたお菓子なんかを、みんなで摘まみながら、五人は地図とにらめっこ。

「う~ん、この山の絵は、おそらく瑞山(ずいざん)だろうなぁ」

 とは上杉愛理。
 絵は簡単なもので、こんもりした盛りあがりに、ちょんと角みたいなのが生えている。
 市の北東にある瑞山は、名前こそは立派であるがちんまい山だ。
 小高い丘ぐらいの大きさしかない。傾斜はゆるやかで、年寄りや子どもの足でも頂上まで十五分とかからない。
 おかげで地元の幼稚園の定番遠足スポットになっている。
 そんな小山には天狗伝説があって、天辺には天狗の鼻みたいな大岩がにょきっと生えている。
 だが、景観がいいわけでも、公園があるわけでもなく、つまらないので地元でも有数の不人気スポットであった。
 天狗文字が描かれた巻物の謎を解明すべく、瑞山を村上義明、松永美空、明智麟らは訪れており、その時にちょっと不思議な体験をしたことは記憶にも新しい。

「だったら位置的に、この寺を示す卍マークは慶瑞寺(けいずいじ)のことじゃないのか」

 とは義明だ。
 ご存知、慶瑞寺は現在地にて松永美空の家でもある。
 歴代住職は松永の家の者が担っており、代々この地を守ってきた由緒正しいお寺である。
 ちなみに地図にて卍マークを寺社と定められたのは明治時代のことだ。国土地理院が使い始めて、それが現在も継承されている。
 卍マークの歴史や由来は諸説様々あって、釈迦の胸の瑞相がこの形にて、それから寺院でも用いられるようになったんだとか。

「……だったら、この川は芥川になるのかな。でも、だとするとこの木の字の意味がわからないねえ。わざわざ目印に使うぐらいなのに」

 小首を傾げたのは里見翔だ。
 芥川は市内を縦断するようにして流れている。かつてはちょいちょい氾濫を起こしては下流域に住む者たちを困らせていたもので、暴れ竜と呼ばれて恐れられていたのだが、それも護岸工事によってすっかりおとなしくなってひさしい。
 いまでは、どこにでもある普通の川だ。水質はまあまあキレイ。
 地図には漢字の一文字にて「木」と記されてある。
 宝の在り処とおぼしきペケ印は、そんな木の下に書かれてあった。
 おそらくはこの木の根元にでも埋めたのであろうけど、その肝心の木がわからない。
 ちなみにその場所は現在、一面に青々とした芝が張られた中央公園となっている。

「昔はそこに大きな木があったのかも?」

 そんなことを口にしたのは麟である。
 じつは市内の国道を挟んで北部と南部にて、街の雰囲気が若干異なっている。
 北部は旧市街にて、かつての城下町の名残りを多分に残しているせいか、古めかしい家屋が多く、町並みや空気がしっとり落ちついている感がある。
 一方で南部は新市街だ。
 玉川小学校や中央公園があるのもこちらだし、団地やマンションなどが乱立しているせいか、活気はあるけどちょっとごみごみしており、なにやら忙しない。
 それゆえに一時期はそこかしこにて土地開発が行われていたもので、昔と今とでは景色はまるで違っている。

「ちょっと待ってて」

 麟のつぶやきを耳にして美空が急に席を立ち、本堂から出て行った。
 かとおもったら、B4版もの大きさのある重たそうな函(はこ)入りの本を抱えてきた。
 彼女の実家であるここ慶瑞寺は地域密着型のお寺にて、つねにこの地とともにあり続けてきた。
 ゆえに市場価値は低いが、地元に関した歴史資料的価値がそこそこの品が、ごまんと蔵にて埃をかぶっている。
 美空が持ってきたのは、そのうちのひとつ。
 市の何十周年記念だかで自費出版された写真集で、市内を映した古い写真が多数収録されている。なかには今と昔の景色を比較しているものもある。
 もしかしたら、この中に探している木のヒントがあるかもしれないと、美空は考えたという次第。

 その考えは、どんぴしゃ大当たり!

 戦前に撮影されたとおぼしき写真にあったのは、大きな大きなお化け楠(くすのき)であった。
 お化け呼ばわりは伊達じゃなくて、幹がとても太く逞しくて、だいの大人たちが八人がかりでやっと囲めるほどもあったんだとか。
 推定樹齢は八百年ほど。
 ただし、いまはもうない。
 空襲で焼夷弾の直撃を受けて、燃えてしまった。

 戦争は何もかも壊してしまう。

 今更ながらにそのことを目の当たりにして、一同の空気がやや重くなったところで、愛理が言った。

「よし、とりあえず中央公園に行ってみるか。ついでに図書館にも寄って、当時のことをもっと調べてみよう」


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