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第六の怪 女王からの挑戦状 その七
しおりを挟む図書館組が着々と成果をあげている一方で、外回りの調査をすべく、中央公園へとやってきた村上義明、里見翔、明智麟の三人はというと……
「あー、これは読めんなぁ」
「……ボロボロですね」
義明と麟が並んで眺めていたのは、人がほとんど寄りつかない園内でもいっとう奥まったところに、ひっそり佇んでいた掲示板である。
園内を手分けして探索し、木々の陰に埋もれるようにしてあったのを義明が見つけた。
この地の由来について書かれてあるらしいのだけれども、肝心の中身がよくわからない。
周囲を木々に囲まれ、ときおり木漏れ日が届くかどうかという陰気な場所、そんなところに木製の掲示板を長いこと放置していたせいで、とにかく傷みが激しい。雨除けの庇(ひさし)が壊れている。苔が生えており、文字もすっかりかすれている。
目を凝らしにらみつければ、ところどころ読めなくもないが、解読が難しいレベルだ。
どうにか楠の文字を確認することはできたが、それだけであった。
「どうやらこの辺りにお化け楠があったのは間違いないようだな」
義明はあごに手をあて、眉間にしわを浮かべる。
「あのぅ、それならもうお宝は掘り返されちゃっているかも……」
おずおず麟が言った。
マリア観音像の中に隠されていた小さな手書きの地図。
発見時は「すわ、宝の地図か!」と、みんなといっしょになって興奮したものであるが、少し時間を置いて冷静になってみると、頭に浮かぶのは「?」である。
なにせ戦後から五十年以上も経っている。
中央公園およびその一帯は再開発がされ尽くしており、以前とはまるで別世界となっているはずだ。
開発の際には、きっと地面を散々にほじくり返しているだろう。
もしも本当にお宝があったとしたら、とっくに発見されているはず。
でもこの市でそんな出来事があれば、いまでも語り草になっていてもおかしくない。それこそ第二編集部発行の学級だより『エリマキトカゲ通信』で記事にされているはず。
よしんばうちで扱わなくても、最盛期には第七まであったとう編集部のうちのどれかが取り上げたはずだ。
けれどもそんな話、ちっとも聞いたことがない。
「工事のどさくさにまぎれて失われてしまった可能性が高いということか。それはたしかにありえるな」
麟の話に「ふむ」と義明がうなづくも、そのタイミングで「おーい」と駆け寄ってきたのは翔であった。
見た目は女の子よりも女の子している可愛い系男子なのに、マッシュルームカットの髪をふぁさふぁさ揺らして走る姿はちっともナヨナヨしていない。あと意外にも足が速かったりもする。
そんな翔がやや興奮気味に言った。
「見つけた! お化け楠のことを知っているっていうお婆さんをっ」
手分けしての園内の探索中。
はやくも飽きた翔が屋根のある東屋(あずまや)にて、ベンチに腰かけサボっていたら、たまさかそこで相席になった老婆がいた。
その老婆から「ぼうや、アメ、食べるかい?」と声をかけられたのをきっかけにして、翔はお喋りに興じることになった。
その会話の中で、自分が玉川小学校の第二編集部に所属する五年生で、いまはお化け楠について調査していると話したところ……
「おや、あの大きな木のことかい。懐かしい。はいはい、よく覚えていますよ」
当時のことを知る証人を見つけた。
いま東屋に待たせている。
朗報を受けて、義明と麟は翔の案内のもと、すぐに老婆のところへと向かった。
◇
齢九十を越えてもなおかくしゃくとしている老婆は、記憶もはっきりしており、三人に当時のことについて語ってくれた。
でもそれは、ちょっと不思議な話であった。
あの日、夜半の空襲をきっかけとして南部域には、またたく間に火が広がった。
迫る火と煙、熱から逃れようと逃げ惑う人々。
そのうちの一部の者らがすがったのは、お化け楠であった。
お化け楠なんぞと呼んではいたが、それは親しみからくる愛称にて。ずっとこの地にて根を張り見守り続けたことで、地元では樹木崇拝の対象になっていたのである。
巨木の根元に辿り着き、その大いなる枝ぶりの庇護下に入ったとき、逃げてきた人々がどれほどほっとしたことか。
事実、お化け楠は人々を爆弾の雨から身を呈して守った。
すべて己が身で受け止め庇い、ただのひとつも下には落とさなかったという。
だが、そうしている間にも周囲から火の手がじりじりと迫っていた。
轟々と焔が踊り狂い、波となって押し寄せてくる。
誰もがもうダメだと諦めかけた時、その不思議は起きた。
これまでびくともしていなかった巨木が不意に傾いだとおもったら、ドスンと倒れてしまったのである。
人々を巻き込むことなく器用に避けて倒れたお化け楠は、我が身を防波堤として炎波を通せんぼしたばかりか、抜けた太い根が大量に巻きあげた土砂が降り注ぐことによって、火勢を追い散らしたのである。
これにより、その場に逃げ込んだ人々は火に焼かれることなく助かったという。
「私はまだ小さかったけど、あの時のことはいまでもよく覚えていますよ。だというのに……」
語り終えた老婆だが、最後にムスっと顔をしかめた。
その理由は、このありがたい話を誰も真剣に取り合わなかったこと。
役所も新聞も、周りの大人たちも、「おおかた夢でも見たんだろう」と笑うばかり。
あげくの果てには、たんに木が焼夷弾を受けて焼けたことにされてしまった。
老婆はそれが申し訳なくて、とても悔しがっていたのである。
そんな老婆だが「しかし、また、今頃になって、どうしてお化け楠のことを調べているんだい?」と訊ねてきたもので、三人はうなづき合ってから、例の宝の地図のことと、それを拡大コピーした紙をみせた。いろいろ話を聞かせてくれたのだから、そうするのが礼儀だと考えたからである。
すると老婆は地図のコピーを眺めながら「あらあら、懐かしい。私もやったわ」と言い出したもので、三人は「「「えぇーっ!」」」
聞けば、当時の子どもたちの間では、お宝を持ち寄っては隠しておく遊びが流行っていたんだとか。
今でいうところのタイムカプセルみたいなものだ。
戦後末期の頃、誰もが明日に不安を抱えていた。友人知人家族恋人……親しい人、大切な人が急にいなくなる。様々な理由にて、離合集散するのも珍しくはない。
悲しいことに日常があまりにも脆く、一変する時代でもあった。
だからこそ仲のいい友達同士で秘密を共有し、永遠の友情を誓い、「いつかまた」「大人になったら」と再会を期す。
麟たちが見つけた地図は、そのうちのひとつだろうことがここに判明した。
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