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第九の怪 貝吹き坊 その一
しおりを挟むピィ~~~~♪
プゥ~~~~~~♪
茜色の空、足下にのびた影、道行く人たちが少し足早やなのは、そろそろ黄昏刻を迎えるために気が急いているからか……
部活終わりの帰り道、明智麟と松永美空が揃って歩いていると、聞こえてきたのは豆腐売りの鳴らすラッパの音だ。
どこか懐かしい音色、ついつい立ち止まり耳を傾けてしまう。
ピィ~~~~♪
プゥ~~~~~~♪
近いようで、遠いようで。
独特の響き、どこから聞こえてくるのかはよくわからない。
その姿を見かけたこともなくて、知るのは妙に耳に残るちょっと気の抜けたメロディばかり。
ピィ~~~~♪
プゥ~~~~~~♪
ラッパの音にしばし足を止めていたふたりはふたたび歩き出した。先ほどまでの会話の続きをする。
麟と美空が話題にしていたのは、第二編集部のライバルである第一編集部が発行した学級だより『パンダ通信』の最新号のことである。
地獄谷峠のオオカミ関連の特集により、第二編集部の『エリマキトカゲ通信』もドカンと好評を博す。
この頃では、地元の都市伝説的なものを検証する企画の認知もじわじわと浸透しており、ちびちびファンも増えては、企画を楽しみにしてくれている読者も増えている。
「ねえねえ、じつはこんな話を聞いたんだけど……」
と、ネタになりそうな情報を持ってきてくれる人もちらほら。
たんに面白おかしく書き立てるのではない。無闇に恐怖をあおることもしない。
けっこう真面目に検証している姿勢が評価されて、取材に協力的な者もぼちぼち。
おかげで『エリマキトカゲ通信』は順調に発行部数をのばしており、じりじりと『パンダ通信』に迫る勢い。
……ウソです。
ちょっと見栄をはりました。
実際はようやく相手の後背が見える位置にまでは、どうにかこうにかというところです。
それでもずっと低迷していた『エリマキトカゲ通信』としては大健闘にて。
だから「よし! ようやく射程圏内にとらえたぞ」と勇んだ第二編集部の面々であったが、喜んだのもつかのまのこと、せっかく見えた背がいっきに遠ざかる。
ここにきて第一編集部がまたもや仕掛けてきたのだ。
近頃駅前でよく当たると評判の占い師・マダム紅花(べにか)監修による占い特集に続く、第二弾として打ち上げたのは「読者モデルの採用」である。
読者モデルとは――
ファッション誌などに登場するモデルのうち、学生や主婦などの肩書きで一般の読者として誌面を飾るモデルのことである。
プロではなくアマチュア。
なんちゃってモデルといえばそれまでだが、アマチュアゆえに読者との距離が近く、親近感を抱きやすい。
わりと敷居が低く、今時では読者モデルを登竜門として、より本格的なモデルを目指したり、芸能界入りするというパターンも増えている。
もともと流行モノやファッション系に強かった『パンダ通信』であったが、大々的に読者モデルを採用するようになった。
とはいえ、しょせんは学級だよりである。
なので募集はあくまで校内のみ、玉川小学校の生徒限定である。
だが、もしも採用されて掲載されれば、たちまち全校生徒の注目の的!
自身のステイタスとなるのはもとより、校内のファッションを牽引する立場にもなれるとあって、おしゃれ女子たちが目の色を変えた。
この手の子たちは、もともとクラスでも目立ち求心力のある子が多い。
それらが躍起になることで、周囲も感化されていく。
第一編集部が仕掛けてきたのは、意図的に流行を発信し、読者をも巻き込むファッション企画であった。
ピィ~~~~♪
プゥ~~~~~~♪
「すごいよねえソラちゃん。まさかあんな手を打ってくるだなんて」
「本当にねリンちゃん。まるでハーメルンの笛吹きみたい。いや、この場合はハーメルンの魔女か。誰も彼もが彼女の手の平の上で踊らされている。
う~ん、武田先輩おそるべし」
ふたりのため息が、豆腐売りの鳴らすラッパの音に重なった。
四年生コンビはとぼとぼ家路を歩く。
でも、そんな会話をした翌日から、よもやそのラッパの音を追いかけるハメになろうとは、このときのふたりには知るよしもなかった。
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