こちら第二編集部!

月芝

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第十一の怪 かごめかごめ その六

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 いつものように登校していた時のことである。
 麟は「はて?」と首を傾げた。
 町全体の空気がどこかピリピリ張りつめているように感じたからだ。
 学級だより『エリトカゲ通信』にて防犯と注意喚起の特集記事を掲載してから、はや三週間が経とうとしている。
 この頃では一時はあれほど高まっていた防犯意識も薄れつつあって、油断しておりちょっと危うい。
 だから第二編集部としては、うしろの花子さんの調査と平行して、防犯特集の第二弾を打つべきかどうかを協議しているところであったというのに、一転して緊張感が戻っているではないか。

 学校に着くまでの間、何度もパトカーとすれちがった。
 ランプは点灯しておらずサイレンも鳴らしていないが、乗っているお巡りさんたちの表情はいつになく堅く、目つきが鋭かった。
 どうやら何かあったらしい。
 麟がそのわけを知ったのは、自分の教室に入ってからである。
 一歩入ったとたんにどんよりお通夜みたいな空気に迎えられて、麟は戸惑う。

 教室内には先に登校していた美空の姿があった。
 いつものように「おはよ~」と麟が声をかけたら、ちょいちょいと手招きをされる。
 誘われるままに顔を近づけたら、美空が周囲を気にしながら小声で言った。

「リンちゃんリンちゃん、どうやら隣町に例の不審者が出たらしいよ。それも今度は刃物を持っていたって……」

 なんでも、隣町のマンションの一室にて、ピンポンピンポンとインターフォンが鳴らされたという。
 時刻は早朝にて、ちょうど朝の準備で家中がバタバタしていたところ。
 その家のお母さんが「はいはい、どちらさま~」と慌てて玄関へと向かおうとしたのだけれども、子どもが「ダメだよ。確認もしないでいきなりドアをあけたら」と注意する。学校の先生からそう教えられていたからだ。
 言われてみればたしかにその通りにて、お母さんは「ごめんごめん」と謝りながら、インターホンのモニターを見て、ギョッ!

 モニターに映っていたのは、黒い帽子にサングラス姿の男にて、挙動不審の上にその手にはギラリと光るものがあった。
 もしも何も考えずに扉を開けていたら、いったいどうなっていたことか……
 インターホンのモニターの前で青い顔をして固まっているお母さんを訝しんで、お父さんが「おい、どうしたんだ?」と声をかけたところで、ことが発覚し急いで警察に通報するも、その時にはすでに不審者の姿はどこぞに失せていたという。

 ここのところ目撃情報もなくすっかり音沙汰がなかったもので、もう悪さをするのを諦めたのかとおもいきや、さにあらず。
 より、ひねくれてこじらせていたっぽい。

「ふ~ん、だからか。どおりで朝から何台もパトカーを見かけるとおもったよ」
「それでね、リンちゃんにとても残念なお知らせなんだけど、もしかしたら今日は学校を早退けすることになるかも」
「えっ、なっ、ちょっと待ってよ、ウソでしょう! だったら給食はどうなるの? 今日のメニューってカレーライスにプリンというスペシャルデーだったのに」

 学校で食べるカレーは家ともお店ともひと味ちがう。
 何がどうかはよくわからないのだけれども、とにかく美味い。お肉少なめで、やたらとじゃがいもとニンジンでかさましされているけど、気にしない。むしろちょろっと顔を出すお肉が愛おしい。
 プリンも同じだ。
 今時、コンビニエンスストアやスーパーマーケットに行けば、見た目も味も凝った上等なプリンなんぞはいつでも買える。だがしかし、学校という場にて食べる甘味は格別なのだ。
 基本的にバレンタインデーとかの特別な日をのぞいて、学校にお菓子の類を持ち込んではならない。先生たちは忙しい職務の合間に職員室で摘まんでいるけれども、子どもたちには許されていない。あれは大人だけの特権である。
 けれども給食のプリンは別だ。
 堂々と食せる。学業に疲れた脳に甘味が染みる。この背徳感たるや一度味わったら、もう……
 そんなふたつを同時に楽しめる日なんて、年に一度あるかないかの奇跡のコラボだというのに。

「……ちょっとむずかしいかもしれない」
「そんなぁ~」

 美空の言葉に麟は愕然とした。
 なんたる悲劇! どこぞのイカレポンチのせいでとんだとばっちり!
 どおりで朝の教室の空気が悪く、級友たちが意気消沈しているはずだ。

 悲しいことに、美空の言った通りになってしまった。
 本日の授業は三限目で切り上げられることとなり、子どもたちの嘆きはひとしおにて、不審者に対しおおいに憤慨したもので、校内の雰囲気もまた外に負けずおとらずピリピリしたものとなった。


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