こちら第二編集部!

月芝

文字の大きさ
58 / 59

第十一の怪 かごめかごめ その八

しおりを挟む
 
 忘れ物を取りに部室へと行ったところで麟は災禍に見舞われる。学校に侵入していた不審者と遭遇してしまったのだ。
 その手に刃物らしきものが握られているのを目にしたもので、麟はあわてて逃げ出した。
 だがしかし、サングラス男が追いかけてくる!

 場所は玉川小学校名物のやたらと長い廊下にて、麟は捕まらないようにと必死に走るけれども、気が急くばかりでちっとも体が前へと進まない。すぐに息も苦しくなってきた。
 助けを求めようにも、こんな時にかぎって誰もいない!
 と――たったいま視界の隅を通り過ぎたのは赤い非常ベル。
 押せば、防犯ブザーの替わりになったのにと後悔するもあとの祭りである。

「あっ、そうだわ、防犯ブザー!」

 いまさらながらに麟はその存在に気がついた。
 けれども、すぐに「ダメだ」と落胆することになる。
 なぜなら学校から支給された防犯ブザーは、ランドセルの方にぶら下げておりいま手元にない、そのことを思い出したからである。
 己のうかつさが情けなくなってくる。麟は半べそにて逃げ続ける。

 迫るサングラス男、その息づかいが近い。
 もうすぐそこにまで魔の手が迫っている。
 血の気が失せて、絶望しかけた麟であったが、そのタイミングで見えてきたのは階段であった。

(あれを下りればきっと!)

 わずかな望みを賭けて階段を目指す麟であったが、廊下から階段へと向かうには一度曲がらねばならぬ。そのためにはどうしても走る速度を落とす必要が生じる。
 害意を持っている相手に追われている、この緊迫した状況で歩み緩めたらどうなるのか。
 走行中のことゆえに、麟はそこまで考えがおよばなかった。

 ぬぅんと背後から男の腕がのびてきて、階段へと駆け込もうとしていた麟の肩を掴んだ。

「きゃっ!」

 麟が小さな悲鳴をあげるのと、「つ~か~ま~え~た」とサングラス男が不気味につぶやく声が重なる。
 もはや万事休すか。
 でも、ここで突如として乱入してきた別の声があった。

「跳んで、リンちゃん!」

 美空であった。
 わけがわからないままに、麟はぴょこんと跳ねた。
 するとその足下をすかさずビュンと通り過ぎたモノがある。
 モップの柄だ。親友の窮地に駆けつけた美空が「えいやっ」と野球のバットのようにしてモップをおもいきり振ったのだ。
 足のスネをしたたかに打たれたサングラス男は、たまらず「ぎゃっ!」
 悶絶したひょうしに麟の肩を掴んでいた手を離し、その場にうずくまった。

「へっ、あれ? どうしてソラちゃんがここに」

 助かったらしいのだけれども、いまいち状況が飲み込めない麟はやや呆然としている。

「いまはそんなことはどうでもいいから、はやく逃げるよリンちゃん」

 美空は麟の手を取り、すぐにその場から離れようとする。
 たしかに放ったモップはジャストミートしたものの、美空は四年生の女子である。運動はそこそこ出来るが、村上義明のような体躯もなければ、豪快なスイングを身上ともしていない。大人の男を倒し切るほどの力はない。
 ゆえに、はやくもサングラス男は立ち上がろうとしている。しかも見るからに怒り心頭にて、まとっている気配のヤバさがいっそう増しているではないか。

 麟と美空はすぐに階段を下りようとする。
 けれども踊り場を越えたところで、すぐに追いつかれてしまった。
 四年生コンビが一段飛ばしにて先を急いでいたというのに、あろうことかサングラス男は三段飛ばしという反則技にて踊り場までいっきにおりたのである。
 ふたたびのびてきたサングラス男の腕。
 とっさに美空は麟をかばうも、そのために相手に手首を掴まれてしまった。

「いやっ、離して」

 なんとか逃れようと美空はあがくも、サングラス男の手はちっとも離れない。
 ばかりか、もう一方の手にした刃物を振り上げているではないか!
 その光景にカッと頭に血がのぼった麟は、美空を掴んでいるサングラス男の腕にしゃにむにしがみついた。

「このバカっ、ソラちゃんに何するのよっ!」

 怒鳴りながら、ガブリとおもいきりかみつく。
 これにより美空はサングラス男の手から逃れることができた。
 だがしかし――

「クソガキどもがっ、もう容赦しねえぞ。ぶっ殺してやるっ!」

 ついに本気になったサングラス男が力まかせに腕を振り抜いたひょうしに、麟と美空はまとめて階段から転げ落ちる。
 体を硬い床に叩きつけられた。衝撃と痛みのせいで、頭の中がぐわんぐわんと回っている。すぐに立ち上がれそうにない。
 そんな四年生コンビを見下ろし、サングラス男はにちゃりと野卑た笑みを浮かべた。刃物片手に舌なめずり、動けなくなった獲物へと向かおうとする。
 が、その時のことであった。

 どんっ!

 不意にがくんとサングラス男が体勢を大きく崩した。
 前のめりとなり、その身が宙にてぐりんと一回転しては、美空や麟たちの近くに背中からぐしゃりと落ちた。
 おかげで助かったのだけれどもまさに急転直下の展開、四年生コンビはきょとんとするばかり。
 にしても、足を滑らせた程度ではこうはならないだろう。なるとすれば誰かに背中を押されでもしないと……

 ハッとしたふたりはすぐに階段の上を見上げる。
 そこにいたのはうしろの花子さん――ではなくて、「きゅい」と鳴く小さな白い毛玉であった。

「……あっ、幸運の白いタヌキ」
「本当にいたんだ……」

 え~と、白いタヌキに助けられた?
 よくわからないのとほっとしたのと、痛みや疲労、いろんなのがごちゃまぜとなり、ついに精神が限界を迎える。
 美空と麟の意識はそこで途切れた。


しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

未来スコープ  ―キスした相手がわからないって、どういうこと!?―

米田悠由
児童書・童話
「あのね、すごいもの見つけちゃったの!」 平凡な女子高生・月島彩奈が偶然手にした謎の道具「未来スコープ」。 それは、未来を“見る”だけでなく、“課題を通して導く”装置だった。 恋の予感、見知らぬ男子とのキス、そして次々に提示される不可解な課題── 彩奈は、未来スコープを通して、自分の運命に深く関わる人物と出会っていく。 未来スコープが映し出すのは、甘いだけではない未来。 誰かを想う気持ち、誰かに選ばれない痛み、そしてそれでも誰かを支えたいという願い。 夢と現実が交錯する中で、彩奈は「自分の気持ちを信じること」の意味を知っていく。 この物語は、恋と選択、そしてすれ違う想いの中で、自分の軸を見つけていく少女たちの記録です。 感情の揺らぎと、未来への確信が交錯するSFラブストーリー、シリーズ第2作。 読後、きっと「誰かを想うとはどういうことか」を考えたくなる一冊です。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

にゃんとワンダフルDAYS

月芝
児童書・童話
仲のいい友達と遊んだ帰り道。 小学五年生の音苗和香は気になるクラスの男子と急接近したもので、ドキドキ。 頬を赤らめながら家へと向かっていたら、不意に胸が苦しくなって…… ついにはめまいがして、クラクラへたり込んでしまう。 で、気づいたときには、なぜだかネコの姿になっていた! 「にゃんにゃこれーっ!」 パニックを起こす和香、なのに母や祖母は「あらまぁ」「おやおや」 この異常事態を平然と受け入れていた。 ヒロインの身に起きた奇天烈な現象。 明かさられる一族の秘密。 御所さまなる存在。 猫になったり、動物たちと交流したり、妖しいアレに絡まれたり。 ときにはピンチにも見舞われ、あわやな場面も! でもそんな和香の前に颯爽とあらわれるヒーロー。 白いシェパード――ホワイトナイトさまも登場したりして。 ひょんなことから人とネコ、二つの世界を行ったり来たり。 和香の周囲では様々な騒動が巻き起こる。 メルヘンチックだけれども現実はそう甘くない!? 少女のちょっと不思議な冒険譚、ここに開幕です。

不幸でしあわせな子どもたち 「しあわせのふうせん」

山口かずなり
絵本
小説 不幸でしあわせな子どもたち スピンオフ作品 ・ ウルが友だちのメロウからもらったのは、 緑色のふうせん だけどウルにとっては、いらないもの いらないものは、誰かにとっては、 ほしいもの。 だけど、気づいて ふうせんの正体に‥。

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

カリンカの子メルヴェ

田原更
児童書・童話
地下に掘り進めた穴の中で、黒い油という可燃性の液体を採掘して生きる、カリンカという民がいた。 かつて迫害により追われたカリンカたちは、地下都市「ユヴァーシ」を作り上げ、豊かに暮らしていた。 彼らは合言葉を用いていた。それは……「ともに生き、ともに生かす」 十三歳の少女メルヴェは、不在の父や病弱な母に代わって、一家の父親役を務めていた。仕事に従事し、弟妹のまとめ役となり、時には厳しく叱ることもあった。そのせいで妹たちとの間に亀裂が走ったことに、メルヴェは気づいていなかった。 幼なじみのタリクはメルヴェを気遣い、きらきら輝く白い石をメルヴェに贈った。メルヴェは幼い頃のように喜んだ。タリクは次はもっと大きな石を掘り当てると約束した。 年に一度の祭にあわせ、父が帰郷した。祭当日、男だけが踊る舞台に妹の一人が上がった。メルヴェは妹を叱った。しかし、メルヴェも、最近みせた傲慢な態度を父から叱られてしまう。 そんな折に地下都市ユヴァーシで起きた事件により、メルヴェは生まれてはじめて外の世界に飛び出していく……。 ※本作はトルコのカッパドキアにある地下都市から着想を得ました。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

処理中です...