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第十一の怪 かごめかごめ その八
しおりを挟む忘れ物を取りに部室へと行ったところで麟は災禍に見舞われる。学校に侵入していた不審者と遭遇してしまったのだ。
その手に刃物らしきものが握られているのを目にしたもので、麟はあわてて逃げ出した。
だがしかし、サングラス男が追いかけてくる!
場所は玉川小学校名物のやたらと長い廊下にて、麟は捕まらないようにと必死に走るけれども、気が急くばかりでちっとも体が前へと進まない。すぐに息も苦しくなってきた。
助けを求めようにも、こんな時にかぎって誰もいない!
と――たったいま視界の隅を通り過ぎたのは赤い非常ベル。
押せば、防犯ブザーの替わりになったのにと後悔するもあとの祭りである。
「あっ、そうだわ、防犯ブザー!」
いまさらながらに麟はその存在に気がついた。
けれども、すぐに「ダメだ」と落胆することになる。
なぜなら学校から支給された防犯ブザーは、ランドセルの方にぶら下げておりいま手元にない、そのことを思い出したからである。
己のうかつさが情けなくなってくる。麟は半べそにて逃げ続ける。
迫るサングラス男、その息づかいが近い。
もうすぐそこにまで魔の手が迫っている。
血の気が失せて、絶望しかけた麟であったが、そのタイミングで見えてきたのは階段であった。
(あれを下りればきっと!)
わずかな望みを賭けて階段を目指す麟であったが、廊下から階段へと向かうには一度曲がらねばならぬ。そのためにはどうしても走る速度を落とす必要が生じる。
害意を持っている相手に追われている、この緊迫した状況で歩み緩めたらどうなるのか。
走行中のことゆえに、麟はそこまで考えがおよばなかった。
ぬぅんと背後から男の腕がのびてきて、階段へと駆け込もうとしていた麟の肩を掴んだ。
「きゃっ!」
麟が小さな悲鳴をあげるのと、「つ~か~ま~え~た」とサングラス男が不気味につぶやく声が重なる。
もはや万事休すか。
でも、ここで突如として乱入してきた別の声があった。
「跳んで、リンちゃん!」
美空であった。
わけがわからないままに、麟はぴょこんと跳ねた。
するとその足下をすかさずビュンと通り過ぎたモノがある。
モップの柄だ。親友の窮地に駆けつけた美空が「えいやっ」と野球のバットのようにしてモップをおもいきり振ったのだ。
足のスネをしたたかに打たれたサングラス男は、たまらず「ぎゃっ!」
悶絶したひょうしに麟の肩を掴んでいた手を離し、その場にうずくまった。
「へっ、あれ? どうしてソラちゃんがここに」
助かったらしいのだけれども、いまいち状況が飲み込めない麟はやや呆然としている。
「いまはそんなことはどうでもいいから、はやく逃げるよリンちゃん」
美空は麟の手を取り、すぐにその場から離れようとする。
たしかに放ったモップはジャストミートしたものの、美空は四年生の女子である。運動はそこそこ出来るが、村上義明のような体躯もなければ、豪快なスイングを身上ともしていない。大人の男を倒し切るほどの力はない。
ゆえに、はやくもサングラス男は立ち上がろうとしている。しかも見るからに怒り心頭にて、まとっている気配のヤバさがいっそう増しているではないか。
麟と美空はすぐに階段を下りようとする。
けれども踊り場を越えたところで、すぐに追いつかれてしまった。
四年生コンビが一段飛ばしにて先を急いでいたというのに、あろうことかサングラス男は三段飛ばしという反則技にて踊り場までいっきにおりたのである。
ふたたびのびてきたサングラス男の腕。
とっさに美空は麟をかばうも、そのために相手に手首を掴まれてしまった。
「いやっ、離して」
なんとか逃れようと美空はあがくも、サングラス男の手はちっとも離れない。
ばかりか、もう一方の手にした刃物を振り上げているではないか!
その光景にカッと頭に血がのぼった麟は、美空を掴んでいるサングラス男の腕にしゃにむにしがみついた。
「このバカっ、ソラちゃんに何するのよっ!」
怒鳴りながら、ガブリとおもいきりかみつく。
これにより美空はサングラス男の手から逃れることができた。
だがしかし――
「クソガキどもがっ、もう容赦しねえぞ。ぶっ殺してやるっ!」
ついに本気になったサングラス男が力まかせに腕を振り抜いたひょうしに、麟と美空はまとめて階段から転げ落ちる。
体を硬い床に叩きつけられた。衝撃と痛みのせいで、頭の中がぐわんぐわんと回っている。すぐに立ち上がれそうにない。
そんな四年生コンビを見下ろし、サングラス男はにちゃりと野卑た笑みを浮かべた。刃物片手に舌なめずり、動けなくなった獲物へと向かおうとする。
が、その時のことであった。
どんっ!
不意にがくんとサングラス男が体勢を大きく崩した。
前のめりとなり、その身が宙にてぐりんと一回転しては、美空や麟たちの近くに背中からぐしゃりと落ちた。
おかげで助かったのだけれどもまさに急転直下の展開、四年生コンビはきょとんとするばかり。
にしても、足を滑らせた程度ではこうはならないだろう。なるとすれば誰かに背中を押されでもしないと……
ハッとしたふたりはすぐに階段の上を見上げる。
そこにいたのはうしろの花子さん――ではなくて、「きゅい」と鳴く小さな白い毛玉であった。
「……あっ、幸運の白いタヌキ」
「本当にいたんだ……」
え~と、白いタヌキに助けられた?
よくわからないのとほっとしたのと、痛みや疲労、いろんなのがごちゃまぜとなり、ついに精神が限界を迎える。
美空と麟の意識はそこで途切れた。
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