白き疑似餌に耽溺す

月芝

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004 自分の家

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 家は木造平屋建て。敷地内に蔵もある。
 三メートルほども幅のある広い玄関、やや高めの上がり框をのぼれば、二本の長い廊下がお出迎え。正面から奥へとのびているものと、左手側は家の前面部分に沿うようにしてのびたものと。
 少し悩んでから、健斗は正面の方へと進むことにした。
 歩きがてら目についた照明のスイッチを片っ端からつけていく。
 家の中から暗闇がどんどん駆逐されていく。

 廊下を挟んで左側は襖(ふすま)になっており、なかは十二畳ほどの広間がふたつ連なっている。
 法事などの時には間の仕切りを取り払って、大広間として使うのだろう。地方の旧家などではわりとよく見かける造りだ。続きの奥の方は仏間になっており、赤漆塗りの立派な仏壇が壁に埋め込まれていた。扉は閉じられている。

「これからお世話になるわけだし、先に挨拶をしておくべきかな」

 健斗はそう思い立ち、仏壇の扉に手をかけるも開かない。
 よくよく見てみれば小さな鍵穴がある。どうやら鍵がかかっているらしい。
 仏壇の下の引き出しあたりを探せばきっと鍵は見つかるのだろうが、いきなり漁るのもどうか。
 結局、健斗はいったん棚上げにし、先に家の中を見て回ることにした。

 二間続きの大広間の向かい側にはドアがひとつある。
 開ければそちらは洋室であった。しかし家具の類は一切ない。カーペットも敷かれておらず、フローリングの床が剥き出し。ここに置いてあるのは古着やぼろ布などをつめたビニール袋に、束ねた雑誌類、ダンボールを畳んだものばかり。
 どうやら房江さんは、ここをちょっとした物置代りにしていたらしい。
 健斗は溜息にてそっとドアを閉じた。
 ここだけで自分が前に住んでいたアパートの部屋よりも広く、よほど上等であったからだ。

 廊下を突き当りまで進むと丁字路になっており、右に進めば台所に洗面所、風呂場などの水回りが集まった区画になっている。
 L字型の機能的なシステムキッチンと明るくおしゃれなダイニング、水垢や曇りひとつない清潔な洗面台、ゆったりくつろげそうなおしゃれなユニットバス……
 まるでモデルルームみたいであった。
 リフォーム済みとは聞いていたが、健斗は唖然とするばかり。

 いったん丁字路まで戻り、今度は左の方へと進む。
 こちらは二間続きの大広間沿いに面しており、向かって右側に部屋がふたつ並んでいる。
 台所に近い方は大型テレビとソファーセットが置かれた洋間のリビング、奥の方には故人が使っていたであろう部屋があった。
 それらを横目に通り過ぎれば、廊下は先で左に折れていた。
 どうやらこのまま進むと仏間をぐるりと回り込んで、玄関からのびているもう一方の廊下へと繋がっているようだ。

 角を曲がったとたんに、ぎしりと足下で床が鳴った。

「おや?」

 健斗は首を傾げる。
 この区画だけ造りが古い。壁が白漆喰にて床板の色味もいささか年季が入っている。他は落ち着いた鴬色の壁に明るめのフローリング材で統一されていたというのに。
 どうやらこちらはリフォームをすることなく、修繕を施しただけのようだ。
 旧家然としている。がらりと変わった雰囲気に、健斗はどぎまぎ。
 では、どうしてそんな造りになっているのかとえば、理由は少し進んだ先にあった観音開きの重厚な扉にて判明する。

「えっ、ひょっとしてこの白いのって、蔵の壁だったの?」

 敷地内に蔵があるのは外からでもわかっていたが、まさか母家と密接に繋がっているとは思わなかった。
 蔵の扉の片側がわずかに開いている。
 のぞいてみるも、なかは真っ暗でよくわからない。
 興味はあるが、さすがにいきなり踏み込む気にはなれない。
 健斗はこれも後回しにして先へと進むことにする。

 玄関から左へとのびていた廊下との合流地点。
 またもや扉に行き当たるも、そこはトイレであった。
 こちらはリフォーム済み。和式のぼっとん便所ではなくて、洋式のウォシュレット付きであったので、健斗は安堵する。
 ほっとしたところで尿意をもよおしたので、健斗はついでに小用を済ませることにした。

 トイレを済ませて右に進めば縁側となっている。
 いまは雨戸がすべて閉じられているが、開ければ前庭が一望できるし、風通りや日当たりはかなり良さそうである。
 玄関へと戻ってきた。
 行く先々で明かりをつけたので、家の中がすっかり明るくなっている。

「ざっとひと通り見て回ったけど、細かいところはおいおいだな。なぁに焦らなくても時間ならたっぷりある。それにもうあくせく働く必要もないんだし」

 房江さんは土地家屋だけでなく、けっこうな額の預貯金も残してくれていた。
 相当な資産家であったらしく、阿刀田さんによれば結婚もせず、外に働きにも出ず、極力人つき合いを絶っては、ずっとひとりきりで引き篭って生活していたらしい。
 ならば人嫌いの偏屈な女性だったのかといえば、阿刀田さんは首を振る。

「いいえ、物静かで上品で聡明で、それはそれは美しい御方でしたよ」

 そんな女性がいったい何を考えて、こんな僻地で隠遁生活を続けていたのか。
 とても気になるところではあるが……
 ぐぅ、腹の虫が鳴いた。
 健斗は家の探索はひとまずこれまでとし、台所へと向かった。


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