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024 人造の神
しおりを挟む奇妙な夢を見た――
ススキの穂が揺れた。
少し風が肌寒い。
よく澄んだ空には、中秋の名月が煌々と。
地上に目を移せば、護摩壇にて火が焚かれている。
場所は家の裏山の境内だ。
でも社らしき姿は見当たらない。
ぱちりと爆ぜる音がして、火の粉が舞った。
燃え盛る炎を囲んでいるのは、総髪を束ねた白装束の男女たち。
男が三で女が四にて、みな手に神社などで祈祷の際に見かける、白木の棒に紙垂(しで)と呼ばれる特殊な切り方をした和紙が付けられた大麻(おおぬさ)を持ち、声を合わせては一心不乱に祈っている。おそらくは祝詞なのだろうが、馴染のない文言にて何を言っているのかまではわからない。
うぅぅ……
うぅぅぅ……
呻き声がする。
炎の向こうにて身じろぎしたのは、巨大な大蛇であった。
お腹がぱんぱんに膨らんでおり、いまにも裂けてしまいそう。
かたわらには大きな山狗の姿もあった。じっと座っては、苦しんでいる大蛇を心配そうに見つめている。
祝詞の合唱がより高まり、激しくなっていくのに合わせて、大蛇の息づかいも荒くなっていく。
そして大蛇がかっと大きく目を見開いた刹那のこと。
バリバリバリッ!
肉と皮が裂ける音がしたとおもったら大蛇は絶叫をあげ、その腹を食い破って異形が姿をあらわす。
飛び出した異形は目の前にいた山狗の首筋に噛みついた。
ごぼりと山狗が血を吐き、ひゅうと息をひとつ吐く。瞳から急速に光が失われていく。
一方で噛みついている異形の瞳は、よりいっそう爛々と輝きを増し、それこそ空に浮かぶ月よりも強い光を宿す。
けれどもそれは月の淡く幻想的な輝きとはほど遠く、まるでいくつもの首を落とした刀のごとき剣呑さ、妖しさであった。
ぎちり、ぎちり、ぎちり、ぎちり……
突き立てた牙が奥へ奥へと食い込んでゆく。
ぶつん。
命脈を絶つ音がして、続いて骨が砕ける音もした。
そして山狗の首は落ちた。
転がる首にはまるで興味を示さず、異形は傷口をくわえては、ごくりごくり。美味そうに喉を鳴らしては夢中になって呑んでいたのは山狗の血である。
ひとしきり喉を潤おした異形が山狗の骸から離れて、ふり返り、のそりと向かったのは腹が裂けて苦しんでいる大蛇のところ。
異形は自分が出てきた穴に顔を近づけるなり、大口を開けては喰らいつき、乱雑にむしゃむしゃと食べ始めた。
母の腹を突き破って産まれ、すぐに父の首を噛み切り血を啜る。かとおもえば、いまなお苦しんでいる母を生きながらにむさぼり喰らう。
筆舌に尽くしがたい、凄惨にして壮絶なる光景。
それは古き神々が新しき神に食われる様であった。
だが血みどろの惨劇はまだ終わらない。
なぜならこの場には七人の贄がいるのだから――
◇
目を覚ました健斗は、ひどい寝汗をかいていた。
夢のせいだ。
いまならばわかる。あれはただの夢なんかじゃない。おそらくはオイヌサマが誕生した場面なのであろう。
どうして自分がそんな夢を見たのかはわからない。あるいは見せられたのか。
いっそのこと何もかも夢であったらよかったのだが、そうはいかない。
リビングのソファーで寝かされていた健斗が起きた時、阿刀田さんの姿はなかった。
メモ書きが残されていた。
『あの女の車を処分してきますので、いったん出てきます。外のことはこちらでうまく処理しておくので、どうぞごゆっくりお休みください。なお僭越ながら軽い食事の用意をしておきましたので、よろしければお召し上がりください』
彩子はレンタカーにてここにひとりでやってきた。
どうやって誤魔化すのかはわからないけれども、昨夜の話や手慣れた様子からして、任せても問題なさそうである。
どのみち健斗には何もできない。
寝汗で気持ち悪い。シャワーを浴びてさっぱりしたい。いや、その前に喉がからからだ。まずは水を……
よろよろとリビングを出た健斗、台所に行くとダイニングテーブルの上にサンドイッチが乗った皿が用意されてあった。
冷蔵庫から取り出した冷たいミネラルウォーターをがぶ飲みして、存分に渇きを癒したら、ぐぅと腹が鳴った。
不思議なものだ。食欲はない。なにせ一度は愛した女を手に掛けたのだから。だというのに、体は「食べ物を寄越せ」と言う。
「ふふふ」
つい笑みが零れる。
健斗はサンドイッチのひとつに手をのばす。
タマゴサンドだが、潰してマヨネーズとあえたものではなくて、厚焼き玉子を挟んだもの。
ひと口かじる。
出汁の効いた卵焼きではなくて、甘い味付けの卵焼きであった。
「あっ……おいしい」
人が作ってくれた料理を食べるのはいつ以来だろうか。
気づけば夢中になって頬張っており、あっという間にひとつをたいらげた。
健斗は泣き笑いながら新たなサンドイッチに手をのばす。
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