白き疑似餌に耽溺す

月芝

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026 桐谷陽太

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 夏季休暇明けの大学構内にて、はやくも葉の色が変わり始めている銀杏の並木道を桐谷陽太が歩いていると、不躾な視線を向けられた。どこからともなく聞こえてくるのは、ひそひそ声である。

「ねえ、あいつだよね」
「うん、クズ男」
「女の子を妊娠させて殺して埋めたって」
「げっ、ひどい」
「どうしてそんなヤツが野放しになってんのよ?」
「あー、たしか親が警察のえらい人と繋がりがあるとか……」

 陽太がふり返りキッの睨むと、とたんにみな顔をそらし声も止む。
 けれどもそれは一時のことだ。しばらくしたら、すぐにまた元に戻る。

「くそっ! くそっ! くそっ! なんだってんだよ、オレが何をしたってんだ。どうしてこんなことに……」

 こんなことになったのは休み明けすぐのこと――

  ◇

 食堂で仲間たちと次の合コンについて相談をしていたら、ごついスーツ姿の男二人連れが陽太の前にあらわれた。そして警察手帳をみせるなり言ったのだ。

「おまえが桐谷陽太だな、ちょっと訊きたいことがある」

 二人は刑事であった。
 いきなりの「おまえ」呼ばわり、高圧的な態度と物言い。じつはすべて意図してのこと。相手が挑発に乗ればもっけのさいわいとの魂胆である。
 だというのにカチンときた陽太は、仲間らの手前ということもあって見栄を張り、横柄に応じてしまった。

「あぁん、いきなりなんだよ、おっさんたち。えらそうに。それが善良な市民を守る警察官の態度なのか。おっさんら、いったいどこの署の人? うちの親父、警察の上の方とも親しいんだよね。あとで文句を入れさせてもらうからさぁ」

 ニヤニヤと陽太は厭らしい笑みを浮かべる。
 こう言えばたいていの相手はビビって腰が引ける。お店とかでもそうだが、店員に「上司に言うぞ」「本社にクレームを入れる」とか脅せば、すぐに頭を下げてくる。
 だがこの二人連れは違った。眉一つ動かすことなく、心底軽蔑したような目を向けてきたばかりか、こう言った。

「どうぞご自由に。そんなことより桐谷陽太、おまえ――杉浦彩子とずいぶん親しい間柄だったそうじゃないか」

 捨てた女の名前を聞かされて「それがどうした? とっくに終わった相手だ」と陽太は返すが、続けて刑事の片方が発した言葉にぎょっとする。

「じつは彼女の捜索願が出されている。あと、こんなタレコミもあった。『桐谷陽太に孕まされた杉浦彩子は、邪魔になって殺されてどこぞに埋められた』と」

 身に覚えのないことであった。いや、孕ませたのだけは事実ではあるが、それ以外はまったくの濡れ衣である。
 陽太はしばし呆けるも、じきに肩を震わせけらけら笑いだす。

「はははは、なんだよそれ。悪い冗談はやめてくれ。オレが彩子を殺して埋めただって。バカバカしい。なぁ、おまえたちもそうおもうよなぁ?」

 つるんでいる連中へと笑いかける陽太であったが、その瞬間、サッと仲間たちが一斉に身を引いて彼から距離をとった。
 みなの目に浮かんでいたのは、ありありとした疑念と怯えの色である。
 遊び仲間たちからそんな目を向けられて、「おいおい、おまえたち、冗談はやめろよ。さすがにオレでも傷つくぞ」とお道化てみたが、開いた溝が戻ることはなかった。
 ばかりか「あ、悪い。俺、今日バイトがあったんだ」とか「おっと、そろそろ次の講義が」なんぞと言って、ひとり減りふたり抜け、たちまち誰もいなくなってしまった。

 陽太は、それから十分ほど刑事たちから詰問を受けるも、もとより自分の仕業ではないから知らぬ存ぜぬで通す。
 刑事たちは「今日はこれぐらいで済ますが、いずれ署の方で詳しい話をしてもらうことになるだろう」と言い残して去っていった。

 ぽつんとひとり残された。
 いわれのない疑いをかけられ、仲間たちからは見捨てられ。
 散々な目に合った陽太は「けっ、なんだってんだ、いったい」と悪態をつくも、多数の学生たちが利用する食堂でこんな騒ぎを起こせば、当然ながらただではすまない。
 その日のうちに、陽太のところに刑事がやってきたことと、妊娠中の杉浦彩子が行方不明になっていることなどに尾ひれがついた、悪い噂が構内外を駆け巡ることになった。

  ◇

 以来、誰も陽太に寄りつこうとしない。
 みな遠巻きにしては、好き勝手に噂をして、陰口を叩くばかり。
 さりとてこちらから近づけば、露骨に避けられる。
 構内は針の筵(むしろ)にて、いっそのこと講義をサボれたら良かったのだが、前期に遊び惚けていたツケが巡りめぐって、どうしても休めない講義が重なっており、しぶしぶ大学に顔を出すしかなかった。
 半分は自業自得なのだが、陽太はそれを認めて反省するような殊勝な人間ではない。
 陽太をイラ立たせることは他にもあった。
 所属するゼミの教授に呼ばれて告げられた。

「しばらくこなくていい」

 時間を置いてほとぼりを冷ませとか、これを機に生活態度を改めろとか、もっともらしいことを口にしていたが、ようは厄介払いである。

「あの野郎、なぁにが『卒業論文はちゃんと見てやる』だ。その気もないくせに適当を言いやがって」

 日常が裏返り、がらがらと崩れていく。
 精神的に追い詰められて、痩せ衰え、次第に顔つきが剣呑なものへと変わっていく。
 なのに目だけがやたらとギラついている陽太を、周囲はまるで狂った野良犬のように扱うものだから、ますます様子がおかしくなっていく。
 さなかのこと、陽太はふと思い出した。

「……そういえば、あの刑事が言っていたっけか。たしかタレコミがあったって。誰だ? 誰がそんなデタラメをサツに吹き込んだ? そのせいでオレは、オレは――」


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