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034 赤い仏壇の秘密
しおりを挟む畏御山に遠縁の男を遺棄し終え――
奴が乗ってきた車の処分は、いつものように阿刀田さんに任せる。
つい最近まで知らなかったのだけれども、じつは健斗が房江さんより相続した遺産の中には、それ専用のスクラップ処理場が含まれてあったのだ。
登記簿上は別名儀にて経営されており、表向きはこちらと無関係になっている。
運営を任されている人物は、房江と阿刀田に救われ今がある人物にて、裏切る心配はないんだとか。
法律の専門家がいて、警察内部のみならず、社会の表と裏にも協力者がいる。
かくして現代の神隠しは成り立っている。
三度目ともなれば手慣れたもの。
阿刀田さんへ一報を入れ、てきぱきと座敷の掃除を済ませた健斗は、隣続きの仏間へと向かう。
壁に埋め込まれてある赤漆の仏壇、その下の引き出しを完全に抜き出す。
ぽっかり開いた四角い洞に健斗は「よいしょ」と腕を突っ込む。奥を手探り。指先に触れる金具の輪っか。それをくいと引けば、仏壇内部にてゴトリ、ガタリと音がする。これは開錠音だ。
仏壇扉の鍵穴はフェイクにて、引き出しにしまってあった小さな鍵もまたニセモノ。
いくらやっても開かないはずだ。
鍵穴の内部が錆びていたわけではない。
本当の鍵はこちら……引き出し奥に隠された輪っかであったのだから。
一見するとグラついており、力任せにこじ開けられそうであった扉も赤樫製であった。赤樫は屈指の強靭さを誇る木材にて、仏壇は見た目以上に頑丈な造りになっている。扉の内部には牢屋のように鉄格子が埋め込まれており、揺すればがちゃがちゃ音がするものの、ただそれだけ。金具を弄らないと格子がはずれない仕掛けとなっている。
手順を踏み戸を開ければ、中はわりとふつうの仏壇にて、三峯家の歴代当主の位牌がずらりと収納されている。
これは本物だ。
しかし、それらもまたフェイクみたいなもの。
この赤塗りの仏壇における本命は、位牌を取り除いた仏壇内部の奥、うしろの壁板にこそある。
二重底になっており、奥には棚が隠されており、そこには小瓶がいくつも並ぶ。
小瓶の中身はすべて毒薬だ。
家の周辺に生えている有毒植物たち。
なにせうちのある山間部一帯は毒花の園にて、材料にはこと欠かぬ。
モノにもよるが、料理のまねごとみたいな方法で成分を抽出できたりもする。
難しい毒薬は阿刀田さんを通じて外部に発注し、比較的手軽に用意できるモノに関しては自前で作る。手順は房江さんが残してくれた資料を参考にすれば問題ない。よくまとめられており、こちらは日記と違って速記で記載されていなかったので、健斗にも読めたからとても助かっている。
なお仏壇の扉の開け方は、房江さんの書斎の机にあったメモ書きにて知れた。
持ち出した小瓶を棚に戻しつつ、健斗は在庫の確認をする。
「スイセンとヒガンバナの分は問題なし、と。
……ジャイアント・ホグウィードはべつにいいかな? 外傷メインだし。ジギタリスは使い勝手がよさそうだから確保しておくとして。
おっと、ドクウツギの実ははずせないね。食べると甘いらしいし、見た目も可愛いから、ドライフルーツにしておけばきっと役に立つだろう。
ドクニンジンといえばソクラテスの処刑に使われた由緒正しい毒物だけど、どこかに自生していたっけか? たしか祝い山の方で見たような気もするけど、ひょっとしたらヤマニンジンと見間違えたのかもしれない。あとで確認しておかないと。
ハシリドコロとドクゼリは麻痺効果が高いから、これは必須と。
ローレルジンチョウゲは実、花、茎、葉、樹液の全てに毒があるからコスパが高いんだよねえ。でも扱いが難しいから、これは外注かな。
キョウチクトウは……たしか、青酸カリよりも強力だったはず。まだ試してみたことはないけれど、次の獲物がきたら使ってみるかな。
えーと、キチガイナスビはいらないかな。幻覚作用が強いけど、うちに寄りつく連中って、みんな妄想癖でもあるのか、頭の中がちょっとアレだし。
トリカブトは材料がそこいらに生えているのはいいけど、解毒薬がないから扱うのがちょっと怖いかも。それになんだかベタ過ぎて、いま一つグッとこないというか、食指が動かないというか……」
ちょっとした毒物博士になりつつある健斗は、ぶつぶつ独り言にて仏壇奥の秘密の棚をかちゃかちゃ弄る。
その都度、ガラスが音を立てた。小瓶の中の液体がちゃぷんと揺れては、照明を受けて妖しくきらめく。
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