乙女フラッグ!

月芝

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003 美少女の主張

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 カーンッ! カーン、カンカラ、カラカラ、カラ、ヵヵヵヵヵヵ……

 職員室があるフロアへと向かい、階段をのぼっているときのことである。
 唐突に音がした。
 路上に放置されてあった空き缶を、うっかり蹴飛ばしてしまったときのような不快な音。
 無人の校内によく響く。
 ギョッとして千里は立ち止まった。
 近いような、遠いような……、位置はよくわからない。
 もちろん自分ではない。
 だとすれば誰かが鳴らしたもの、もしくは何かのひょうし偶然鳴っただけかもしれない、けど……
 ゴクリとツバを呑み込み、木刀をしっかり握り直す。
 千里は壁を背にし横歩きにてそろ~りそろり、警戒しながら足場の悪い階段途中から踊り場へと移動する。

 音はそれきり――
 静けさが戻った。
 踊り場にてしばらく待機していた千里はふたたび動き出す。
 用心しつつ階段をのぼり二階へと。
 そうしてようやく職員室へと到着したのだが、扉の前でバッタリ遭遇した生徒に千里はビキリと固まった。
 よりにもよって、相手があの鳳星華であったからである。
 月とすっぽん、星と亀……こんな状況下でも顔色ひとつ変えずに威風堂々、凛としたお嬢様の姿を前にして千里は尻込みする。
 では、一方の星華はどうであったのかというと、ちょっと驚いた風ではあったがそれだけ、片眉を少し持ち上げただけで淡々としたものである。
 そんな星華の左腕にもまた、銀のブレスレットがあった。

「あら、ちょうど良かったわ。そこのあなた、みんながどこに行ったのかご存知ありません?」

 明らかな異常事態、戸惑っていないわけがない。
 けれども、星華はそれを億尾にも出さない。
 これがスターの貫禄か……にしても、お揃いの腕輪も気になるところである。

「ねえあなた、聞いているの? それともその耳は飾りなのかしら」

 返事のないことに焦れた星華がずいと顔を近づける。とたんに、えもいわれぬいい香りがぷぅんと鼻腔をくすぐった。
 ハッとしてようやく再起動した千里は「ご、ごめんなさい。じつは私もちょっとわけがわかんなくて」と慌ててペコペコ弁明する。
 卑屈な態度の千里に向けられる視線は冷ややか。
 とたんに興味を失ったのか「そう、ならいいわ」と星華はあっさり引き下がって、さっさと職員室の扉を開けた。デキるお嬢様は頭の切り替えも速い。
 しかしそんな星華も職員室内の様子をひと目するなり、ぼそり。

「どうやらここも無人のようね」

 落胆のつぶやきから、千里と同じく彼女もまたここまで来る途中にあちこち調べてきたであろうことがうかがえた。
 星華は職員室の固定電話が使用できるか確認するも、すぐに首を振りそっと受話器を戻す、使えないらしい。
 スマホは繋がらない、固定電話もダメ。
 となったら、他に取れる手段といえばパッと思いつくのは非常ベルを押すか、校内放送で呼びかけるか、いったん学校の敷地外へと避難するかぐらいであろう。
 本音を言えばとっとと逃げ出したい。千里が窓の方に顔を向けていると、星華が衝撃の事実を口にする。

「無理よ、学校の敷地からは出られないわ」
「へっ、外に出られない? それってどういう……」
「どうもこうも、そのままの意味よ。目には見えない薄い膜みたいなものに阻まれて、それ以上は進めなかったの」

 星華は『進めなかった』と言った。
 それすなわち彼女自身が実際に試したということ。
 消えた生徒たち……いや、より正しくは消えた生き物たちだ。なにせこの怪現象に囚われてから、ハトやカラスに虫の一匹も見かけていない。命の気配がまるでなく、いまのところ息をしているのは千里と星華のふたりだけ。
 学校からは出られない。外部に助けを求められない。
 とりあえず星華と合流できて、ひとりではなくなったけれども、事態は微塵も好転していなかった。

「……もしかしてはやくも手詰まり? 八方塞がりってやつなの! マジかぁ~」

 突きつけられた深刻な状況に、千里は頭を抱えた。
 でも、そんな千里を無視して星華はさっさと職員室を出て行こうとする。

「ちょ、ちょっと待ってよ。どこに行くの? 鳳さん」

 唯我独尊を貫くお嬢様、何も告げずに行こうとするもので、千里は慌てて声をかけた。
 すると、ちらりとだけふり返り星華は言った。

「こうなってはしょうがありません。校内放送をかけましょう。もしかしたら他にも生徒か、もしくは先生がいるかもしれませんから」

 それは千里も考えた。
 だが、もしもこの校内に危険な存在が潜んでいた場合、それをも引き寄せることになる。
 あまりにもリスクが大き過ぎる。
 しかしそんなことは星華も承知の上であった。
 その上で、あえてリスクを犯そうというのだから恐れ入る。
 とはいえだ、ことは彼女だけの問題ではない。
 果断なのもけっこうだが時と場合による。
 だから千里はいったん思いとどまらせようとするも、両者のスペックがあまりにも違い過ぎた。
 片や特進クラスでもつねにトップをひた走り、片や一般クラスでも下の方から数えた方がはやい成績である。
 全国青年弁論大会で最優秀弁論に選ばれたこともある星華に、ポンコツ剣道乙女が敵うわけもなく、説得するどころか逆にけちょんけちょんに言い負かされてしまった。


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