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004 謎の青年
しおりを挟む銀の長髪をなびかせ、颯爽と放送室へ向かう星華を千里も追いかける。
簡易的な放送設備ならば職員室にもあったのだが、固定電話と同じく反応ナシ。
もしかしたら電気が切れている? だとしたら行くだけムダなのではと千里はおもったが、星華嬢によれば、あちらの機械には非常用の蓄電池が内蔵されているとのこと。
――にしても、前を歩く星華の歩幅が広い。
モデル体型で足が長いから一歩の距離が千里の倍ほどもある、追いかけるだけでもひと苦労だ。
通常時でこれだと、大きく前へと踏み込んだらかなりの間合いとなる。
フェンシングは突きに特化した競技だ。
しなやかな切っ先に鋭い踏み込みが組み合わさることで、どれほどの威力となるか想像もつかない。
(これが彼女の強さを支える一端……)
そんなことを考えつつ千里は懸命に追いすがっては「ねえ、やっぱり止めない? この状況でいきなり校内放送はマズイって」と翻意させようとするも、星華は聞く耳を持たなかった。
お嬢様は果断にして、一度こうと決めたら貫くタイプであるらしい。
が、そんな星華が急に止まった。
すぐうしろにくっついていた千里は「ぶふっ」
鼻から彼女の背中にぶつかってしまう。
「うわっ、ちょっと! 急に止まらないでよ、危ないじゃない」
顔にかかった艶髪をのれんのように手で払いながら、千里はぶつくさ。
しかし文句を言われた当人は、真剣な表情にて前方をジッとにらんでいる。
だから千里もひょいと顔を出してのぞいてみたら、そこには一人の青年が立っていた。
白のシャツにジーンズ、黒のジャケットを羽織り、足下はスニーカーというラフなのかきちんとしているのか判断に迷ういでたち。
身長はそこそこ高い。百七十センチ半ばといったところか。
細身だけれども、たんに痩せているというのとは違う。あれはたぶんひき締まっている部類だ。
くせ毛なのかパーマなのか、これまた判断に迷う髪型、前髪にて目元が隠れており表情はよくわからない。鼻や口元、輪郭などの見えている範囲だけで判断すると、そこそこ整った顔立ちをしているっぽい。
教育実習生のように見えなくもないが、どちらかといえば大学生といわれたほうがしっくりくる、そんな容姿だ。
もしも先生のタマゴであるのならば、若い男性というだけで女子校ではかっこうのネタになっているはず……
でも千里は知らない。情報通の麻衣子からも聞いたことがない。
となれば違う、この青年は部外者ということになる。
女子高に若い男、三人目は不審者――
こんな状況でなくとも、星華がキツイ表情をするのには十分な理由であった。
「あなた、当校の関係者ではありませんね。見たところ来校者用のパスも所持していないようですし。テレビ局のスタッフならば局の腕章を着けているはず、いったい何者ですか? ことと次第によっては……」
詰問する星華、声のトーンが低い、腹の底にズンとくる。
込められた威圧に、そばにいる千里の方がびくりと反応してしまう。
にもかかわらず、青年はまるで意に介さず。
それどころかスタスタとこちらに近づいてくるではないか!
あまりにも無防備な接近に、さしもの星華もいささか虚を突かれた。
でも、ぼんやりしていたのはほんのわずかなこと、すぐに立ち直りサッと半身に構えたと思ったら、いきなり正拳突きを放つ。
「はっ!」
フェンシングでの活躍ばかりが注目されている星華だが、じつは合気道や空手などの徒手空拳の武術も嗜んでおり、そちらでも一流に届こうかという実力者であった。
とどのつまり、お嬢様は素手でも強いということ。
かつて最寄りのバス停にて、本校の生徒に執拗に絡んでいた不埒なヤンキーどもを、ひとりでボコボコにしたばかりか、お礼参りにきた連中をもまとめて撃退したという武勇伝を持つ。
唸る拳。
いかに女の拳とて、まともに顔面に入れば大の男でも昏倒はまぬがれないだろう。
だがしかし、星華の一撃は決まらなかった。
完璧なタイミングで放たれたとおもわれたソレを、青年はゆらり、わずかな動きのみにてかわしたのである。しかも一切歩みを止めることなく、さらに前へと進みながら。
あっさり距離を詰められた。
ならばと星華は膝蹴りを見舞おうとするも、これも青年に軽くあしらわれてしまう。
で、すれ違いざま、ろくに見もせず不躾にこう言われた。
「邪魔だ、どけ……おまえに用はない」
歯牙にもかけぬとは、まさにこのこと。
つねに世間からの注目の的、燦然と地上に輝く星にて、かつて誰からもそんなぞんざいな扱いを受けたことがないのであろう。星華の顔が屈辱に歪む。なまじ美人だから凄艶となり、いっそうの迫力を増す。
そんなやり取りに千里は混乱していた。
なぜなら青年は星華には用がないと明言したからだ。
この場にいるのは星華と千里のふたりのみ、二から一を引けば一が残る。
つまりは……
「へっ、私? なんで? どうして?」
謎の青年のお目当ては、千里!
勘違いなんぞではない。その証拠にいきなり腕を掴まれた。抵抗する間もなくひょいと小脇に抱えられたとおもったら、強引に連れ去られてしまう。
予想だにしない展開、一瞬の出来事によりせっかくの木刀を振る余裕もなかった。
「あ~れ~、お助け~」
ジタバタして千里は懸命に逃れようとするも、見かけによらず青年の力は強かった、足も速い。
もの凄い勢いでその場から遠ざかっていく。
みるみる星華の姿が小さくなっていった。
届くはずのない手を懸命にのばして助けを求める千里であったが、ポツンとひとり残された星華と目が合った瞬間にヒュッと息を呑む。
銀髪の般若がいた。
なぜだか彼女の青い瞳がにらんでいたのは、自分をコケにした青年ではなくて、攫われた自分?!
千里にはそうとしか思えなかった。
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