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064 五の鳥居
しおりを挟むいよいよ四人きりの道行きとなった。
次はどんな趣向が待っているのか。
内心ドキドキしていた千里は肩透かしを喰らう。
五の鳥居をくぐった先にあったのは、見覚えのある風景――虚空見神社の石段であった。
これまで見てきた春夏秋冬のものに比べると地味でありきたり、けどちょっとホッとする。
だらだら上にのびている石段。
並んで歩く千里と星華。
一期とルイユはうしろから黙ってついてくる。
均整のとれたモデル体型の星華と、凡娘な千里とでは足の長さが違うので、歩幅にもかなりの差がある。当然ながら歩くスピードにも差がつく。
にもかかわらず、千里が特に急ぐこともなくずっと隣同士……
星華が千里に合わせているからだ。
いや、それよりもずっとのんびり、一段一段を楽しむかのようにして、足をゆっくり動かしてる。
どういうつもりなのか?
彼女の意図が読めず、千里は困惑している。
「ふふっ」
唐突に星華が笑った。
訝しむ千里だが星華は楽しそう。
「ねえ、甲さん? 私、貴女に訊きたいことがあるんだけど、いいかしら」
いきなり話しかけられて、千里はどぎまぎしつつも「なにかな?」と返事をする。
星華は顔にかかった自身の前髪を手でのけつつ。
「貴女は何をお願いするつもりなの?」
旗合戦は妖に伝わる調停の儀。
その勝利チームは主張が認められ、旗役の乙女は褒美として、何でも願い事をひとつだけ叶えて貰える。
もちろん本当に何でも叶うわけではない。物事には限度がある。
とはいえ、たいていのことはどうにかなるらしい。
今回のイベントを執り仕切っている猫嶽をはじめとして、大妖と呼ばれる凄い力を持つ怪異ら、その麾下の眷属たち、属する組織などが、こぞって動くことで、人ごときが思いつく欲望のたいていのことは実現するそうな。
冗談抜きで死者蘇生みたいなことまでやってのけるという。
だがそこはそれ、妖と人との契約なんぞはろくな結末にならないと、相場が決まっている。
「ひゃっほう! これで人生ウハウハだぜ」
なんぞと調子がいいのは、きっと最初のうちだけ。
みるみる凋落していき、最後はドツボにはまるのがオチ。
昔話ではお馴染みのパターン。
大きな葛籠と小さな葛籠、どっちが正解なのかといえば、小さい方であるのと同じこと。
だからあまり欲をかかずに、身の丈にあった願い事にとどめておくのが、吉。
それを踏まえた上で星華の質問に答えようとして、千里はあることを憶い出し「あっ」と口元に手をあてた。
じつは旗合戦に巻き込まれてからこっち、それどころではなかったので、何をおねだりするかをまったく考えていなかったのである。
何でもという点もやっかいだ。選択肢どころか自由度が高過ぎる。あまりにも漠然としており、いまいちピンとこない。
「え~と、あのう、そのぉ……」
言い淀む千里、その目が泳いでいる。
するとそれを見透かしたのか、星華は千里の返答を待たずに自分の願いを口にした。
「ちなみに私が願うのは、旗合戦の継続よ」
こんな危険かつはた迷惑なイベントをもっと続けたいという星華、その真意がわからず千里がきょとんとするも、彼女はかまわず言葉を続ける。
「前に言ったわよね? 退屈だったけど、いまはちょっとワクワクしているって。
だからね、私、決めたの。今回のことを皮切りにして、各地を転戦することを願おうかなって。
そうすれば、ずっと退屈せずにすむ。刺激的で充実した日々を過ごせるもの。
暁闇組の連中にもその方が都合がいいのよね。だって、勝つほどに自分たちの主張が通って、解放される禁猟区が増えていくんだもの」
ひとつ解放されるだけでもたいへんなのに、それをどんどん増やすつもり。
星華はトンデモナイことを口走った。
「ふふふ、私は本気よ、甲さん。だから、ね。もしも私を止めたいのならば、全力でかかってきなさい。
もしもまたこのあいだみたいな腑抜けた無様な姿を晒すようならば、私は容赦なく貴女ごと粟田一期を叩き斬ります」
激烈な宣戦布告!
星華は本気だ、本気でやるつもりなのだ。
その結果、周囲の人たちや街どころか、社会そのものがどうなろうとかまわない。
何が彼女を凶行に駆り立てているのかはわからない。
ただわかっているのは、ここで星華を止めなければ、取り返しのつかない事態を招くということだけ。
だがしかし――
千里は背後にいる一期を肩越しにちらりとふり返る。
はたしていまの自分たちに、本当に彼女を止められるだろうか。
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