乙女フラッグ!

月芝

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065 星明かりの水面で……

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 虚空見神社の石段をのぼった先にて――
 四人は誰も言葉がでない。
 そこには何もなかった。
 あるはずの手水場に桜門や社殿など、神社の建物のみならず、境内そのものが失せている。
 代わりにあったのは、波ひとつない静かな水面のみ。
 石段を歩いている時には昼間だったのに、上まできたら急に辺りが暗くなった。
 見上げた先には満天の星たち、怖いぐらいにギラついている。
 そして地にも星たちが瞬いている。
 水面が鏡のように夜空を映しているせいだ。
 そんな光景がずっと彼方まで続いており、天と地の境もわからないほど。
 星明かりのおかげで、視界はおもいのほか良好であった。

「すごい……けど、何もない? どうなってんのよ、コレ。もしかして水の下にあるとか……」

 恐る恐る千里は水面をのぞき込む。
 しかしあったのは自分の呆け顔だけ、水は闇が溶け込んだかのように黒く、奥底はちっとも見えなかった。
 旗合戦の第五幕は、本殿にてご神体の大鏡へ先に触れた方が勝ちとなる。
 なのに肝心のそれらしき建物もなければ、道の続きもない。
 もしかしたら途中で道を間違えた?
 だが、石段は一本道にて、どこにも脇道はなかったはず……見落としたのだろうか。
 確認しようとふり返った千里は一期にも訊ねたが、「……いや、そんなものはなかったはずだ」との回答。
 ルイユも肩をすくめて「はてさて、参りましたねえ」
 しかしそんな言葉とは裏腹に、彼はちっとも困っておらず、むしろこの状況を楽しんでいるかのよう。

  ◇

 いざ、ここまでやってきたものの、どうしていいのかわからない。
 千里は困惑する。
 すると何をおもったのか、星華がいきなり水面へと向かって踏み出したもので、千里はぎょっ!
 そうしたら不思議なことが起きた。
 なんと! 星華が水面をスタスタと歩いていくではないか。
 歩いた跡には、小さな波紋が点々と連なる。
 どうやらここは大きな湖のように見えていたが、じつは水深の浅い水溜まりのような場所であったらしい。

 さっさとひとり先へと。
 星華の背がみるみる遠ざかっていく。
 千里らも慌ててこれを追いかけた。
 そんな星華の足が不意に止まったのは、水面の上を歩き始めてから五分ほども経ってから。
 周囲を見渡し「どうやら、これ以上は歩き回るだけ無駄のようですわね」と結論づけた。
 どこまで進んでも変わらぬ景色、水面の下に何かが隠されている風でもない。
 つまり、ここはそういう場所にて、これまでの経緯からして、来た者らが何を成すべきかは言わずもがな。

「どうやらここがファイナルステージのようです。……ルイユ、こちらへ」

 呼ばれた彼は彼女のもとへ。
 濡れるのもかまわず片膝をつき、慇懃に「我が姫の仰せのままに」と首を垂れる。

「エル・フェリーク」

 星華がつぶやくなり、ルイユの背から大きな黒い翼があらわれた。広げられた両翼がたちまち彼女の身を優しく抱きしめるようにして包み込む。
 でも次の瞬間――翼が内側から一閃されて、大量の黒い羽が舞い散った。
 燃えて灰になるようにして、はらりと崩れて消えていく羽たち。
 その奥にはレイピアを手にした星華がたたずんでいる。
 彼女の瞳が青と金のオッドアイに変化していた。
 曇りなき白銀の刃、傷ついたロレーヌ十字の紋章が刻まれた黄金色のナックルガードのレイピア――ルイユ・クロイスが変じたものにて、彼の正体は魔剣である。

 すみやかに臨戦態勢へと移行する星華とルイユ。
 これを受けて一期と千里もうなづき合って、手を繋ぐ。

「「憑依!」」

 刹那、一期の身が白銀光を発し、千里の身もこの光に呑み込まれる。
 燦然たる閃光。
 やがて光が収束し、立っていたのは雰囲気がまるで別人のようになった千里のみであった。
 山のごとし不動の佇まい、林のような静けさ、それでいて眼光は鋭く、瞳の奥には熱いものを宿している。
 その手にはひと振りの刀が握られていた。
 二尺八寸三分(約85・7cm)もの大太刀だ。
 くすんだ赤味がかった落ち葉のような……赤朽葉色(あかくちばいろ)の鞘には、銀蒔絵にて意匠を施されているが、古ぼけかすれておりよくわからない。
 これこそが一期が変じたものにて、青年の正体は妖刀である。

 憑依が発動した瞬間、体の主導権を一期に渡し、千里は精神体となって体の外へと追い出されそうになる。

『くっ、やっぱりダメか。でもっ!』

 いつもならば、このままはじかれる。
 だが、今回は違った。
 精神体となった千里は離される寸前に必死に手をのばす、背後からヒシと一期=千里の首に抱きついたのである。
 自分で自分にしがみつく。
 なんとも奇妙な状況にて、まるで気分はとり憑いている生霊だ。
 さらにグイグイ押しつけて、精神体の千里はどうにかして自分の体に入り込もうとするも、抵抗にあってそれはムリであった。
 ならばと足も使っては腰に絡めて、より強固に結びつく。
 絵面としてはなんとも締まらない格好ながらも、これはこれで一定の効果を生んだらしく、一期が「……かなりうっとうしい。が、悪くない」と珍しく褒めた。
 どうやらこれまで以上に力を引き出せており、制御もできているらしい。
 とはいえ、あくまでそこそこだ。
 ほぼ完璧なシンクロ状態へと至っている星華とルイユには、まだ及ばない。
 それでもやるしかない!

「……しっかり掴まっていろよ、センリ」
『わかった、一期』

 かくして双方の準備が整い、最後の戦いが幕を開けた。


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