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066 星と亀、みたび
しおりを挟む突進からの踏み込み。
一期=千里の抜刀――からの右薙ぎ。
ギャンという音とともに火花が咲く。
ぶつかった衝撃により足元の水が浮揚、ふたりを中心にして水のベールの輪が生じた。
強烈な大太刀の一撃を跳ねあげて防いだのは、星華のレイピアのナックルガードである。
ひょうしにビリビリと手にした細剣の刀身が震えた。
星華がオッドアイを細めては喜色を浮かべる。
「「ふふふ、どうやらこの前より、少しはマシになったようですわね」」
星華の口から発せられるのは、世にも奇妙な男と女の重なった声。
エル・フェリーク――妖精の羽根という意味を持つ技を発動した状態にて、いま星華の内には彼女とルイユがいっしょにいることにより起きる現象。
「………………」
一期は無言のまま、言葉ではなく剣でもって応じ、はじかれた刃をすかさず翻す。
上へとそらされた切っ先が、わずかな旋回にて急降下を開始、まっすぐに星華の脳天へと迫る。
が、手応えはナシ。
とっさに星華がスッと後退し、難なくこれをかわしたせいだ。
柔らかに静かに動く、このステップはフェンシングならではの動き。
でも、それは一期も承知している。
ゆえにここで手を止めない。彼女が退いた分だけ、いや、それ以上に大きく踏み込んでは、股下から上体へかけての切り上げを放つ。
横薙ぎ、振り下ろし、切り上げ、怒涛の三連撃。
しかし足元から迫り上がってくる大太刀が斬ったのは、星華の長い銀髪のほんの毛先のところだけ。
一寸の見切り!?
刃を回避した星華が、ここで反撃へと転じる。
レイピアの刀身がしなり、切っ先が舞い踊る。
一瞬にして幾筋もの銀閃が走った。
次々と繰り出される突きと斬撃。
その速さは疾風のごとし! とてもではないが受け切れない。
一期は後退を余儀なくされた。
いったん距離をとる両者。
仕切り直しだ。
大丈夫、いまのところはまだ互角に渡り合えている。
ちょっと安堵した千里であったが、不意に痛みを感じて『えっ!』
見れば、一期の首にまわしている腕の肘のあたりが、バックリと裂けていた。
『そんな、どうして? いま状態だと物理的な影響は受けないはずなのに……ハッ、まさか!』
精神体となっている千里の姿は、肉体を共有している一期以外には見えていない。
――はずであったが、例外がいる。
それがエル・フェリーク状態の星華だ。
彼女が視えていることは、第四幕のおりに確認しているから間違いない。
ルイユも精神体の千里の存在を把握している。
だが、問題はそこではない。
一番の問題は、相手の刃が精神体である千里をも傷つけることが可能だということ。
精神体というのは、むき出しの魂みたいなものだ。
魂を失った肉体がどうなるのかなんて、考えるまでもない。
憑依という技は、一期と千里、ふたりが揃って成立している。
もしもどちらかがダメになったら、その時点でおしまいだ。
でもって妖刀の一期と精神体の千里、どちらが脆いかといえば……
星華のオッドアイがじっと見つめていたのは、刀を持つ一期ではなくて、その背にしがみついている精神体の千里の方であった。
これは弱肉強食の生存競争に近い戦い。
フェアプレイ精神を重んじる試合ではない。
弱点を狙うのは卑怯でもなんでもないし、そのことを躊躇するような星華でもない。
精神体の千里の様子がおかしいことに気がついた一期が「どうした?」と声をかける。
しかし千里は『ううん、なんでもない』と誤魔化した。
話せば一期はきっと「すぐに離れろ」と言うに決まっているからだ。
かといって一期から千里が離れたら辛うじて保っている拮抗が崩れる、弱体化して勝ち目がなくなってしまう。
(どうしよう、どうしたらいい?)
……わからない。
焦るばかりで妙案がちっとも浮かばない。
千里は打開策を見い出せず、苦悩しているうちに今度は星華から動き出した。
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