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016 愛好会、同好会、狂騒キャンパス
しおりを挟む柴崎家と文字が刻まれたお墓にまいっていたのは白髪まじりの女性。
ほっそりしている。年の頃は六十過ぎぐらいか。撫でつけた髪をうしろで束ねているだけ。格好も地味。でも整った目鼻立ちをしている。歳相応に老いてはいるものの、若い頃は相当の器量良しだったことであろう。
わたしが少し離れたところから様子をうかがっていたら、首輪に化けている生駒が言った。
「彼女の名前は柴崎由香里。今回の仕事は彼女と彼女の死んだ夫とその友人、三人のえにしをとりもつことさ」
由香里さんと友人の仲をとりもつのはわかるけど、そこに故人が加わるというのがよくわからない。
生きてる人間同士ならばどうにかなるけれども、死んだ人間とではどうにもならないような……。
わたしが首をひねっていると生駒が彼女たちをとりまく事情の説明を始めた。
ことの発端は四十年以上も昔にさかのぼる。
◇
駅伝が強いことで有名な大学。
そのキャンパスの片隅に男二人だけのサークルがあった。
サークル名を「ミステリー愛好会」といい、文字通りミステリー小説などをこよなく愛する者が集う場所。
だがしかし、このサークルはいわくつきであった。
もともと構内には古い歴史を誇る「ミステリー同好会」というものがあり、男二人もはじめはそこに所属していた。けれども崇高なるミステリーをおざなりにし、なかば不純異性交遊の場と化しつつあるサークル内に彼らの居場所はなかった。
一年だけはどうにかガマンしたものの、それ以上は無理であった。
ついにぶち切れた男二人は「この破廉恥どもめ、やってられるかーっ!」と飛び出す。
「心からミステリーを愛するのであれば、いざ、我らとともに!」
意気揚々と「俺たちこそが本物だ」と新たなサークルを旗揚げする男二人。
けれども後続は皆無であった。
時代は硬派よりも軟派を欲していたのである。電車の時刻表トリックのナゾをちくちく解くことよりも、わたしをスキーや海に連れてってだったのである。
結果として時代の流れに逆らい突出した男二人は、そのまま独走することとなり、すっかり孤立無援にて世捨て人然となった。
つのるウツウツ。肥大化する憤り。その怒りの矛先はミステリーを穢す輩がたむろする古巣へと向けられるまでに、たいして時間はかからなかった。
かくしてミステリー愛好会とミステリー同好会の死闘が幕を開ける。
本格派を自称する男二人がまず行ったのは、敵勢である同好会内の詳細な人物相関図を制作すること。
これによって白日のもとにさらされることになったのは、複雑にからみ合った同好会内の恋愛模様。
想い慕われ、ふりふられ、ねたみそねみ、愛憎渦巻くどーろどろ。
キラキラで充実したキャンパスライフを謳歌したい。そう願う若い男女が集うがゆえに起こりうる悲劇。
それを知った愛好会の男二人はニヤリとほくそ笑む。
次に彼らが行ったのは同好会メンバーたちの行動を把握すること。何曜日のどの講義に出席しているのか、利用している最寄り駅はどこか、アルバイトは何をしているのか、交友関係などなど……。
自身の学業そっちのけで、本職の探偵ばりに念入りに調べ上げていく男二人。
集めた情報はやがてファイル数冊分に相当する量となった。
だがここまではまだ下準備の段階に過ぎない。
これらの集めた情報をもとにして計画が練られ、ついに攻撃がはじまる。
男と女がもめた。男と男がもめた。女と女がもめた。女と男がもめた。
男と男と女がもめた。女と女と男がもめた。
ときには男と男と男と女がもめることさえあった。さらには女と女と女と女と男がもめることさえもっ!
くんずほぐれつ、痴情のもつれが同好会内を席捲する。
すべては愛好会の男二人によるたくみな情報操作によるもの。
次々と不幸に見舞われるミステリー同好会のメンバーたち。
あらわとなる本性、友情のふりをしていた何かは砕け散り、愛憎が入り乱れて人間関係はズタズタとなり、その醜聞は広く構内に知れ渡り、同好会の命運はもはや風前のともしびかと思われた。
だがしかし、そんな矢先のことである。
「おい、どうやら今回のことはすべてあの二人のせいらしいぞ」
というタレコミ情報が崩壊寸前であった同好会にもたらされた。
どうしてバレたのかというと、勝利を確信した愛好会の男二人が調子にのって「前祝いだ」と居酒屋にくり出したときに、酔って大声でしゃべっていたのを盗み聞きされたせい。
どこぞより秘事が露見するのもまたミステリーのお約束。完全犯罪は存在しない。だからこそのミステリー。
男二人はそのことをすっかり忘れていたのである。
自分たちが攻撃を受けていたと知って、ミステリー同好会のメンバーたちは怒り狂った。「おのれよくもやってくれたな」とそれはもう烈火のごとく。もとをただせば自分たちのチャラさや不誠実さが原因であることなんてすっかり棚にあげて。すべての責任を男二人に押しつけた。
敵の存在が明確となったことにより、瓦解しかかっていたミステリー同好会は急遽団結。
ついに反撃の狼煙があがる。
こうなると数の上で勝るミステリー同好会が圧倒的に有利であった。
多勢に無勢。包囲されて次第に追い詰められてゆくミステリー愛好会の男二人。それでも彼らは諦めない。「正義は我にあり」と少数精鋭なのを活かして執拗なゲリラ戦を展開。
かくして事態は長期化しドロ沼の様相をていする。
その間、構内にはスキャンダルの嵐が吹き荒れた。巻き込まれた第三者にまで被害が拡大する。
さすがに助教授と学生との親密交際まで赤裸々にされては、大学側とて静観しているわけにもいかず、ついには権力が介入に踏み切る。
ときの学長、ミステリー愛好会、ミステリー同好会、双方の首根っこをつかんで「いいかげんにしろ!」と公開大説教を敢行。
かくして一連の騒動は幕をおろし、あとには無残に散った青春が死屍累々。
そして元凶である男二人は勉学そっちのけで精を出していたサークル活動が災いして、仲良く留年するハメとなる。
このミステリー愛好会の男二人。
ひとりの名を渡辺和久といい、いまひとりを柴崎隆といった。
◇
ここまでの話を聞いてわたしはあきれた。
「ねえ、生駒。大学生ってバカばっかりなの?」
「いやいや、そんなことはないよ。とは否定しきれないところが悩ましいねえ。なにせあそこはけったいな連中が集まる奇妙なところだから。
ほら、昔からよくいうだろう。何とかと何とかは紙一重だって。
くだらないことに熱をあげるヤツにかぎって、のちのちにすごい発見をしたり大成したりするもんだから、人間ってのはわからないんだよねえ」
「へー。……というか、まだ肝心の由香里さんがちっとも出てこないんですけど」
「あぁ、彼女がからんでくるのはこれからさ」
そして生駒は続きを語る。
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