秋嵐の獄、狐狗狸けらけら

月芝

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其の十一 女友達

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 女がいまの境遇にはじめて不満を口にしてから、一週間ほど経ってから。
 旦那さまから「こちらは私が商いでお世話になっているところのご内儀たちでね」と紹介されたのは、三名のご婦人たち。
 みな歳の頃は自分と同じか、やや上ぐらい。三十には届いていまい。

 くりくりとよく動く黒い瞳。いかにも好奇心旺盛といった感じで、物怖じすることなくしげしげと遠慮のない視線を向けてくる。
 ぱっと見にやんちゃな猫を連想させる方は、緒方野枝(おがたのえ)。
 ご亭主は遊郭や旅館をいくつも営んでいるんだそうな。

「こんにちわ、よろしくね」

 緒方野枝がにぃと笑う。ひょうしに浮かぶえくぼ。口元にてちらりとした八重歯がなんとも愛らしい。

 柔らかそうなほっぺたにて、ややふくよかな体形。うつむき加減にてたえずおどおどとしており、手にしたハンカチで額の汗をふきふき。なかなかこちらに視線を合わせてくれない。
 どこか怯えた狸を連想させる方は、平林環(ひらばやしたまき)。
 こちらのご亭主は大きな酒蔵を持っているんだとか。

「ふっ、ふつつか者ですが、よ、よろしくお願いします」

 なぜだかガチガチに緊張している平林環。挨拶もかみかみであった。

 黒縁の眼鏡をかけており、背筋もぴんしゃんとのびている。いかにも厳格なしっかり者といった佇まいで、まるで女学校の教諭か修道女のごとき凛々しさ。レンズの奥には切れ長な瞳。それがさりげなく動いては周囲を観察している。
 まるで用心深く抜け目のない狐をおもわせる方は、影山秀子(かげやまひでこ)。
 こちらのご亭主は乾パンやキャラメルなどの食品加工会社を経営しているそうな。

「はじめまして」

 言葉少なだが、毅然とした態度の影山秀子。くいと眼鏡の縁を指先で持ち上げる仕草が妙にしっくりしている。
 この三人が旦那さまが女のために用意した話し相手であった。

  ◇

 紹介されて以降、週に一度か二度。
 集まっては、他愛のないおしゃべりに興じるようになる。
 だが場所は決まって女の住む店の奥の離れ。
 はじめの頃には、互いの立場や遠慮なんぞもあって、なかなか打ち解けられなかった四人だが、そんな状況を破ったのは意外にも影山秀子であった。
 あれは忘れもしない。三度目の集まりの席でのこと。

「わたくし、こんな会合に意味があるとはとてもおもわれません。主人に頼まれたものでしぶしぶ参加しているだけですから」

 やたらと馴れ馴れしく接してくる緒方野枝を邪険につっぱね、いきなり本音をぶちまけた。
 どうやら影山秀子は、言いたいことはきっぱりと言うキツイ性格のようだ。
 ふつうであればこの瞬間、場の空気が凍りつき、人間関係が破綻する。
 だというのに、ケラケラと肩をふるわせ笑い出したのは手痛く拒絶された緒方野枝。とたんに「おうおうおう」と砕けた態度と口調となり言った。

「あきれた! 言いにくいことを明け透けにまぁ。でも気に入ったよ。いやぁ、じつはあたいもそうなんだ。とても世話になっているご贔屓筋からのたっての頼みだからって、ぼんくら亭主に泣きつかれてね。それにお相手は憑き物筋の奥さまだっていうじゃないか。こいつは面白いってんで、いっちょ乗り込んでみよかなぁ、ってね」

 影山秀子に続いて緒方野枝も胸の内をさらけ出す。持ち前の好奇心ゆえに、何かといかがわしい噂がついてまわっている大店の奥を、とっくり覗いてやれとの野次馬根性からの参加だと正直に打ち明けた。

 こうなると残るひとりだけが、しれっと口をつぐむというわけにはいかない。
 ふたりの視線に後押しされる格好にて、ぽつぽつと「じつはうちも似たりよったりでして。でも本当は怖くて怖くてしようがなかったんです」と平林環は涙ながらに訴え、しくしくしく。

 憮然としたままのしかめっ面の影山秀子。
 ニヤニヤ顔にて事態を愉しんでいる緒方野枝。
 めそめそするばかりの平林環。
 場がなんともいえない雰囲気となる。
 では、三人からそんなことを面と向かって言われた当の女はどうであったのかというと……。

「はぁ、それはどうもご迷惑をおかけしてしまい。あい、すみません」

 なんら機嫌を損ねるでもなし。
 なんとものんびりした調子にて、ぺこりと頭を下げたものだから、思いの丈をぶつけた方が逆に拍子抜け、とんだ肩透かし。

 ガクッときたもので、たまらず「ぷぷっ」と噴き出した緒方野枝。
 すると釣られて影山秀子の鉄面皮が崩れて、頬の緩みを必死にこらえひくひく。
 お叱りを受けないとわかって、平林環はあからさまにホッ。安堵から笑みを浮かべる。
 ひとりきょとんとなる女。
 そんな女の態度がよほどおかしかったのか、ついに緒方野枝が「あぁ、もうダメ」と腹を抱えたのを合図に、他の者たちも笑い出す。
 この瞬間より、四人の距離はぐっと縮まり、立場なんぞの垣根がなくなるまで、さして時間はかからなかった。


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