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146 石棺
しおりを挟む地下空間の床を這うようにして、静々と広がっていく怪しげな煙。
これを見て「それは何だい?」とルルハンがふしぎそうな顔をしたので、「毒」とわたしが親切にも教えてあげる。
だというのに彼は「ぎゃあ、なんてことしやがる!」とぷりぷり怒り、黄色い煙から逃れるために、あわてて祭壇にある石棺の上へとよじ登る。
で、肝心の効き目はどうかというと、正直いって微妙……。
バァルディアが苦しんで四本腕をぶんぶんふり回し暴れている。
全身の肌がただれて、ずぶずぶ、じゅくじゅく、赤身肉もむきだし。けれどもすぐに治っていく。そして治ったはしからまたただれる。とっても痛々しい姿。でもそれだけである。ふつうであれば痛さで悶絶ものなのだが、バァルディアの野郎はとっても元気に暴れている。
「効いてはいるけれどもイマイチか。ならば」
左の小指から噴出するガスの色味が一段と増し、毒々しさにさらなる拍車がかかる。
わたしは煙の尾を引きながら駆け出す。
目指すはこの地下の広間にある唯一の出入り口。
「おや? 逃げるのかい。まぁ、私はべつにそれでもかわまないけれどね」
背後から投げかけられる、ルルハンの嘲笑はさらりと聞き流す。
返事の代わりにわたしが放ったのは一発の銃弾。
通路へ飛び出すのと同時に、バン。
すかさず最寄りの柱の陰に身を隠す。
放たれた弾丸が向かったのはバァルディアの足下。
石畳の床に当たってチュインと跳弾。パチっと小さな火花が散って、ボンと発生したのは大爆発。遺跡の最深部が衝撃と轟炎に席巻された。
いやー、あの毒ガスってば濃度をあげすぎると引火しちゃうんだよねえ。
閉め切った室内でのガス使用は危険だから、よい子は絶対にマネしちゃだめだよ。虫よけとか制汗スプレーとかも気をつけよう。うっかりボムしたのが夏の唯一の想い出とか、あんまりにもかなしすぎるもの。
膨れ上がった熱エネルギーが、地下室にて暴れ回り一部崩落を起こすも、じきに収束。
首をのばして、そぉーと室内をのぞいてみれば、ブスブスと全身から黒い煙をあげて倒れているバァルディアがぴくぴく。そこそこのダメージは受けたものの、いまだ健在か。
でもすっかり余裕の笑みにて高みの見物を決め込んでいたルルハンは、血みどろのズタボロ。どうやら油断していたところをモロに爆風を喰らったようだ。
敵が二人いて、片方が弱っている。しかも弱っている方が首謀者ならば、まずはこちらを潰すのが吉。
室内へと飛び込んだわたしは、祭壇前にてうごうごしているルルハンに向けて、すかさず中指式マシンガンを発射。
なのにわたしとルルハンの間にふたたび立ちふさがるバァルディア。
あくまで肉の壁としての使命をまっとうしようというのか。
「ならば好きにしな!」
わたしは左右の手を肉壁へと向けて、中指式マシンガンのみならず左人差し指マグナム、右薬指ライフルをも同時に射出。
ひたすらガンガン撃って、撃って、撃ちまくる。
脅威の再生能力と一斉掃射が激突。
しばしの拮抗の後に、肉片があたりに飛び散りはじめる。
ゆっくりと天秤が傾くかのように、再生速度をわたしの銃撃の雨の勢いが上回り始めたのだ。だがそれでもバァルディアは立ちふさがり続ける。
ちらりと彼の背後に目をやれば、いつの間にか血まみれにて床にグッタリしていたはずのルルハンの姿が消えている。
点々とついた血の跡を追うと、その姿は石棺のところにあった。
石棺に手をふれカチャカチャ。まるでパズルでも解くかのように、表面のパーツを動かしている。
「やばっ! あのハゲオヤジ、邪龍が封じられた箱を開けるつもりだ」
気がついて、わたしはすぐさまロケットランチャーをドンドンドンと三連射。
直撃を受けてバァルディアが吹き飛ぶも、爆風のあおりにてわたしも吹き飛ばされる。
ゴロゴロと転がるも、すかさずすちゃっと立ち上がる。
どうなった?
目を凝らし爆煙の彼方を見れば、ルルハンの身は石棺とバァルディアの巨躯に挟まれて、むぎゅうとサンドイッチ状態。
アレだとたぶん全身の骨がバキバキ。さすがに死んだかとおもった矢先に、弱々しいながらも、なおも動いているルルハンの手が目に入る。
カチリと何かがどこかにピタリとはまり込むような音がした。
ズズズと横に動き始める石棺のフタ。
くぐもった声にて笑うルルハン。よちよち這い出てきたかとおもえば、懐から紅い玉をとり出し、これを中へと放り込む。
「聖なる心臓、高潔なる魂、強靭なる戦士の血……。忘れられし英知にて、いまここに邪龍が復活する」
心臓とか魂とかは、たぶん異世界渡りの勇者たちのモノ。おそらくあの玉にからくりががあるのだろう。
血とかは、きっとエタンセルさんをはじめとする囚われていたダイアスポアの人たちを当てるつもりだったのだろうけれども、彼らはとっくに逃がしたはず。なのにどうやって……。
いつのまにか魔王の四本の腕のうちの一本が石棺の内側に突っ込まれていた。
そればかりか残りの三本の腕にて自身の胸をかっさばき、脈打つ心臓をほじくり出すと、これをも無造作に投げ入れる。
まさか魔王に命じて自らの血と心臓を捧げさせたの!
そして英知とは箱の開け方や封印の解き方か。
まんまとしてやられたことに、わたしはギリギリ奥歯を噛みしめる。
不気味な沈黙が重く垂れ込め、空気がまるで氷ついたかのよう。
額に汗がにじむ。イヤな緊張感にておもわず膝を屈しそうになるのを懸命にこらえる。
こうなってはしようがない。
「やってやんよ!」とわたしは覚悟を決めた。
一分経過。
時間の流れがやたらと長く感じる。
三分経過。
はたして邪龍とはいかなる存在であろうか? ドラゴン並みにバカチンなら楽なんだけれど。もしも賢いドラゴンとかだったら、ちょっと一人では手に負えないかも。
五分経過。
敵はまだあらわれない。気ばかりが急いて精神がゴリゴリ削られる。ちょっとしんどい。
十分経過。
いくらなんでも遅すぎない? なんだか現場におかしな空気が漂い始めているよ。
ほら、あれだけ大見得切ってそれっぽい台詞を声高に叫んだルルハンが、不安まじりにとっても気まずそうな顔をしている。
十五分経過。
………………怒。
「おいこら! いったいぜんたいどうなっていやがる? ちっともあらわれないじゃないか。いい加減に待ちくたびれたんですけど」
「あっれぇ、おかしいなぁ。確かに手順はコレであってるハズなんだけど」
わたしのクレームにルルハンがふしぎそうに首を傾げて、石棺にハゲ頭を突っ込み中をのぞき込む。
次の瞬間、その身がシュポンと吸い込まれて消え失せた。
バリボリガリガリと小気味よい咀嚼音みたいなのが地下の空間に鳴り響く。
何の音かなんて、考えるまでもないであろう。
そして満を持しての邪龍さまのご登場。
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