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027 塩対応

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 手足を引き千切られて――やったのは僕じゃないけど――全身蜂の巣にされて、顔面を至近距離からズドン!
 唯一残っていた人間らしい部位、青白い顔はあらかた消し飛び大きな風穴が開く。
 それでもなお屍食鬼はフラフラしていたが、ついに力尽きた。
 ガクリと両膝をつき急に体が硬直し、まるで静止画のようにピタリと動かなくなる。
 そして全身がみるみる白くなっていったとおもったら、ピシリピシリと細かいヒビが無数に走って、ついにはパリン。
 もげた腕の一本が落ちたひょうしに粉々に砕け散った。
 そこから先はあっという間であった。
 あとに残ったのは白い粉の山……
 夜風にさらわれ散りゆくそれを眺めていると、ふと漂ってきたのは塩味を想起する香り。

「えっ、もしかして塩になっちゃったのか? まるでロトの妻の塩柱みたいだ。ブルブル」

 人であったことや命の尊厳なんぞは皆無、その憐れな末路に僕はガクブル。
 ちなみにロトの妻の塩柱というのは、旧約聖書にある有名なお話である。
 神さまの怒りを買って滅亡させられたソドムとゴモラの都市に関連したもの。
 背徳に身を委ね、欲望のままにやりたい放題。年がら年中、街をあげてのどんちゃん騒ぎにて、ラリっていたソドムとゴモラ。
 風紀は乱れまくりにて、どこもかしこも、うふんあはんとピンク色、子どもは見ちゃダメ!
 そんなソドムの住人で唯一信仰と道徳を保っていたのが、ロトとその家族であった。
 彼らの本心はさておき……
 そのおかげで「うらやまけしからん!」と激オコの神さまからお目こぼしをされるのだけれども、神罰強制大執行中に都市から逃げ出す時に「よいか? 絶対に途中で振り返るなよ」と神さまから言われていたのに、「えっ、それってお笑でいうところの『フリ』なのかしらん? 押すなよ、押すなよみたいな」
 と考えたのかどうかはさだかではないけれども、ロトの妻はついふり返ってしまう。
 するとあら不思議! ロトの妻の体はたちまち塩柱になってしまいましたとさ。
 ちゃんちゃん。

 神さまは言うことは絶対です。神さまが黒といえば白も黒になるのです。
 約束は必ず守りましょう。言い訳は認めません。いいですか? 結果がすべてです。過程なんぞはどうでもいい。
 誘惑に負けてはいけません。好奇心は猫をも殺すと言いますでしょう。ちなみにこれってイギリスのことわざらしいですよ。

 などという教訓話である。
 もっともひねくれ者の僕からしたら「神さま、ケツの穴、ちっさ! ちょっとふり返っただけで即アウトとか、とんだ塩対応! 狭量にもほどがある!」だけれども。

 ――まぁ、それはさておき。

 こちらはどうにか片付いた。
 さて、タケさんの方はどうかな?
 激しい戦闘音が続いていることからして、ドンパチは継続中っぽい。
 かといって助太刀をするには、僕は実力不足。かえってタケさんの足を引っ張ることになりかねない。
 そこで、かねてよりふたりの間で決めていた通りに動くことにする。
 こと対吸血鬼戦において、僕はあくまでオマケである。
 オマケの僕に出来ることは限られている。
 そのなかでももっとも簡単かつ、有効なのが……

 タケさんと冥土の頼子が戦っているのを横目に、僕がこそこそ向かったのは洋館の正面玄関だ。
 読み通り、こちらは鍵がかかっておらず、出入り自由。
 さりとてひとりで先行するような冒険はしない。
 代わりにやるのは、持ってきたジェルタイプの着火剤をばら撒いて、館に火をつけること。
 おあつらえ向きなことに、玄関扉の向こうにあるエントランスには、いかにもよく燃えそうなフカフカの絨毯が敷かれている。奥には吹き抜けの階段もあって、いい煙突代わりになってくれそうだ。これならばあっという間に燃え広がることであろう。
 そう、実行するのは放火である。
 あぁ、イケないことだとはわかっているけれども、ちょっとドキドキしちゃう。

 吸血鬼は高い不死性を持つが、その身は人と同じく可燃物である。
 あと煙が目に染みもすれば、吸い込めば咳き込みもするらしく、あわよくば館ごと燃えておっちんでくれたら、うれしいな。
 というわけで、僕は手早く準備を整えた。
 あとは百円ライターで火をつけるだけなのだが……

「ん? あれ? ない、ないぞ! たしか、ここのポケットに入れたはずなのに」

 肝心のライターが見当たらない。
 焦った僕は、まとっている衣服のポケットというポケットをしらみつぶしに探す。
 すると、あった!
 ライターは上着の内ポケットの奥にあった。

「あー、そうだった。落としたらいけないと、念のためにこっちにしまっておいたんだっけか」

 うっかりさんな僕はテヘペロ。
 では、気を取り直して点火しようとしたのだけれども、それはかなわない。
 にわかに背後が騒がしくなった。
 喧騒とともに正門の方から聞こえてきたのは、ジャラジャラという鎖の音である。
 あらわれたのは集団にて、パリッとした揃いの黒服姿からしてアルカ・ファミリア財団の者ども。どいつもこいつも屈強そうにて、いかにも精鋭といった感じだ。郡家邸や村の広場などへと派遣されている連中とは、雰囲気がまるで違う。
 そんな連中に囲まれ、引っ立てられてきたのはめくりさまであった。
 首や胴に両手足を鎖で繋がれ、多勢により拘束されている。
 どうやら彼らはサレスに命じられてめくりさまの捕獲に向かっていた一団っぽい。

(マジかよ! クソ、よりにもよって、このタイミングで戻ってくるだなんて)

 もしもあれらが全員、眷属だったら僕たちに勝ち目はない、万事休すだ。

「――っ、こんちくしょうめ、だったら!」

 まだ向こうはこちらに気づいていない。
 僕はかがんでライターをカチリ。
 とたんにボウっ、火が勢いよく燃え広がっていく。
 この選択、果たして吉と出るか凶と出るか。


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