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第四十八話 高槻
しおりを挟む侍たちがうろついていたので、結局、天神さまのところには寄らずに、芝生の庄へと引き返すことにした田所甚内と加藤段蔵。
その道すがら、ふと足が止まった甚内。
段蔵が「どうした?」と声をかける。
「いや、なに、少々引っかかりを覚えてな」
「なんのことだ」
「そもそもあそこの天満宮は、九州の次に古いという話じゃったが……」
「あぁ、大宰府の次に建てられたらしいな。なんでも大宰府に向かった勅使がのった牛車が、帰り道にてあそこで急に動かなくなったとか。調べたら菅原道真公の祖先のゆかりの地うんぬんとかで、建てたとかなんとか。そんな胡散臭い話を珠殿がしていたな」
「そのわりには、やはり変だの」
「変とはどういった意味だ」
「おぬしは大宰府や北野天満宮に参ったことはあるか?」
甚内からたずねられて、「ある」とこたえた段蔵。もっとも参拝ではなくて忍び働きとしてでだが。
それで老爺が疑問に感じていることをおぼろげながら彼も理解する。
大陸との玄関口にある九州は筑前の大宰府天満宮、京の都は中央よりやや上の方にある北野天満宮。
ともに境内は広く、本殿、拝殿、宝物殿に門構え、建物はどれも立派。いつも参拝客で賑わっており、その存在は天下に広く知られている。
なのにこの高槻にあるのはどうだ? あまりにも華がない。
そう甚内は言いたかったのである。
「一番目と三番目が豪華絢爛なのに、どうして二番目だけ? あまりにも不自然ではないか。あいにく自分の目では確かめられなかったが、仁胡の話では社は小さく、境内もとりたてて何もないというし」
「なんせ猫の小梅が居ついていたぐらいだから、参拝客もほとんどなし。たしかにえらい差だな」
「おかしいといえば、他にもおかしなことだらけじゃ。あそこの天神さまのある山のすぐ隣に土の盛りあがりがあったであろう? おそらくあれは昔の貴人の墓じゃ」
「なんとなく景色に違和感があると思うたが、それが原因か。しかし別に格別珍しいものでもなかろう。わりとあちこちに似たようなものが残っておると聞くぞ」
「一つや二つぐらいならな。だがこの地にはわかっておるだけで五つか六つもあるそうな。探せばもっとあるやもしれぬ。そればかりか寺社仏閣の数もいささかおかしい」
磐手杜神社、上宮天満宮、野見神社、三輪神社、八阪神社、安岡寺、伊勢寺、神峯山寺、慶瑞寺、普門寺、本山寺、本照寺、伴天連寺……。
つらつら田所甚内の口から出てきた寺社仏閣の名前たち。
その数、ゆうに五十近くにも及ぶ。
これとて主だったものにつき、細かい社までも入れたら、それこそいくつになるのやら。
「たしかにそこそこ多いとは思うが、それならば大和や琵琶湖の周辺、京の都の方がずっと多いじゃないか。あの辺には、それこそ掃いて捨てるほどもあるぞ」
段蔵のこの言葉に、甚内、おおきくタメ息をつく。
「やはりわかっておらぬな。条件がまるでちがうのじゃ。人の数、土地の栄えよう、地域のあり様がぜんぜんちがう。隆盛の地ならばちっともおかしくないが、ここは高槻だぞ? ほとんどのものが素通りをするような場所だ。この狭い地域になぜこれほど密集している? 鈍牛の破眸といい、いったいなんなのだここは! だがな、なによりワシが一番の疑問に感じておることが、段蔵、おぬし、わかるか?」
いささか興奮気味の老人の問いかけに、段蔵は首をふる。
すると甚内は、いつになく真剣な表情を浮かべて、こう言った。
「それはな……、これほどの違和感だらけだというのに、この地に住む者たちも、この地の周辺にいる者たちも、この地を通りすぎる者たちも、そればかりかワシやおぬし、その他の忍びたちも、ただの誰ひとりとして、いままでこの変事にまるで気がついておらなかったということじゃ」
京から西国へと陸路にて渡るには、高槻を通り抜ける他には、都の北部から丹後や丹波の国回りに進むか、南部よりぐるりと大和や紀伊や伊勢を回るか。
片や季節によっては雪が積もり激しく吹雪く。
片や険しい山谷ばかりの曲がりくねった道が続く。
たいそうな遠回りにて、用向きがなければ、わざわざこれらを選ぶ者はまずいない。
そう言った意味では、高槻という土地は気安く、まさしく西国と京の都をつなぐ玄関口足り得る。
だからこそ急使だったり、諜報活動だったりと、西国にての任務を与えられた忍びたちもまた、その多くが高槻を駆け抜けていた。
常人とは違う嗅覚や眼を持つ忍びたち。
そのことごとく、自分をも含めて、これまで何ら気にもとめなかった。
ましてや幻術の達人として生ける伝説の果心居士さえも、欺かれていたとなれば、これは容易なことではない。
気づかない、気づけない。ごく自然にそういうものだとして受け入れている。いや、そう思い込まされている?
その不気味さ、奇妙さよ。
段蔵もようやく気がつき、愕然となる。
田所甚内と加藤段蔵が、かつて山科の屋敷にて酒を交えての忍び語りの席にて。
甚内は言った。
『どうしてあの土地なのか』と。
これは何故、破眸という神秘の瞳を持つ若者が、高槻にて誕生したのか。
はるかいにしえの時代に、大陸より海を渡り、やってきたという芝生一族の祖先の娘。彼女がここを旅の終焉の地として選んだ理由について考えた際に、浮かんできた疑問。
実際にこの地に滞在し、あちこち歩き、己が目で見て回ったことにより、男たちはその謎の答えを、ほんのわずかながらも垣間見たような気がした。
とたんに心の臓が軽くトクンと跳ねる。
ゴクリと唾をのみ込むと、喉がおもいのほかに大きな音を立てた。
周囲をとりかこむなんら特徴のない、ごくありふれた畑や雑木林、ぬかるんだ田舎道が、その景色のすべてが、じつは己のよく見知っていたものとは異なるのかもしれない。
高槻という奇怪な土地が見せた夢幻の中にとり込まれている。
やくたいもない考えがちらりと脳裏をよぎり、そんな馬鹿なと、おもわず苦笑してしまう。
互いが相手の顔を見つめて、同じようなことを夢想していたと知り、いっそうおかしくなってしまった。
気を取り直して、再び歩きはじめた甚内と段蔵。
彼らの腹はすでに決まっている。
鈍牛こと芝生仁胡という青年と信長の首、その行く末を見届ける。
なにせこんな奇々怪々な変事、そうそうありはしないのだから、みすみす見逃すだなんてもったいない。
今後のことなんぞを相談しながら男たちが向かうは芝生家の屋敷。
だが時を同じくして、そちらにても少々困った問題が起こっていた。
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