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第五十二話 五十貫
しおりを挟む高槻を出立し大和の国を経由して高野山を目指していた一行。
夕暮れ時の、人気のない道にて、一人しゃがみこんではメソメソしている女の子を見つける。
あまりにもあからさまにて、胡散臭さしかない。
だというのに甚内らが止めるのも聞かずに、「どうしたの?」と声をかけたお人好しの鈍牛。
すると女の子は「足が痛くて、もう歩けない」と言った。
家はこの先の坂を上った峠の向こうにあるというので、どうせ進む方向だし連れて行ってあげようと鈍牛。せがまれるままに女の子をおぶってあげた。
見るも聞くも怪しい状況にて、甚内と段蔵はもちろん警戒を怠らない。いざともなれば一撃にて仕留められる間合いにて、女の子を背負って歩く青年の後ろからついて行く。
夕焼け小焼けの空の下、時刻が時刻なので、茜色の大地に影がずいぶんと長く伸びていた。
すると奇妙なことに気がついたのは段蔵。
「おい、あれって何だかおかしくないか?」
言われるままに甚内が目にしたのは先をゆく二人の長い影。
……ではなくて、その中に紛れて点々とついていた鈍牛青年の足跡。
足跡自体はなんらおかしくはない。普通に歩いていれば自然と残るもの。ただし深みがいささかおかしい。いかに大柄な男が女の子を背負った分だけ重くなっているとはいえ、その沈み方が尋常ではない。まるで重たい岩か鉄の塊でも担いでいるかのような窪みがついているではないか。
おもに地元の人間が使う生活道にて整備こそはしれているが、それでも砂利道にてぬかるむほどでもない。だからあれほど沈み込むなんてことはありえない。
一足ごとにズブリとめり込み、足跡がくっきりと地面に残っていく。
なんらかの術が仕掛けられていることは明白。
様子から察するにけっこうな重さのはず。
なのに平気な顔をして歩いている鈍牛。
これには段蔵たちもはて? と首をかしげる。
そしてそれは実際に術をしかけていた女の子も同じ。むしろ彼女の方が困惑していた。
相手にとりつき、我が身を十貫二十貫と重くしていき、ついには五十貫(約百九十キログラム)ほどまでにもなって、骨も肉もぐしゃりと潰してしまう恐ろしい秘伝の忍術だというのに、青年がいつまでたってもケロリとしているからだ。
こうなれば意地だと最大の力にて技をふるうも、まるで効果なし。
ついに鈍牛はそのまま峠を越えてしまい、先に根をあげたのは女の子。
「だぁーっ! なんなんだい、あんたは? もう、やってらんないよ。やめた、やめた」
急に癇癪を起した女の子。じたばたと暴れ出したものだから、鈍牛おおいに驚く。
ぴょんと背中より飛び降り、そのまま横のしげみへ飛び込もうとする。
しかしすんでのところで、その襟首をむんずと掴んだのは段蔵の腕。
こちらも鈍牛に負けじと剛力にて、まるで猫の子のようにぷらぷら下げられた格好になった女の子。
甚内と段蔵から尋問を受けて、ふくれっ面にてこたえたのは二つ。
伊賀のおもだった連中は、徳川家康の警護について三河にいっており留守にしていることと、まだ幼いからと置いてけぼりを喰らって退屈していたところに聞こえてきた首の噂。けっこうな懸賞首らしくて「よし、いっちょう、小遣い稼ぎをしてやろう」と彼女が思い立ったということ。
つまりは今回のちょっかいは完全にこの女の子の独断ということになる。そして伊賀はこの度の信長の首争奪戦には、参加するつもりがないということが判明。
忍びといえば伊賀というぐらいの最大勢力。これが手を出さないというのは、狙われる側としてはたいそうありがたい。
そんな情報をもたらしてくれた女の子は、鈍牛の願いによって小遣い銭を渡されて放免されることに。
本来であれば捕まった忍びの末路は悲惨だ。
すんなり死ねればもうけもの。ましてや女の身ともなれば、外道畜生のごとき筆舌にしがたい扱いを受けることも、ままある。
かつてお良が安土の地にて甲賀の六道左馬之助と対峙したおり、あの男が口にしていたような目にあうことさえも。
それを考えばあまりにも甘すぎる寛大な処置に、救われたはずの女の子のほうがキョトンとなるほど。それどころか「あんちゃん、そんなので、この先、だいじょうぶなのか?」と心配される始末。
これには鈍牛、「てへへ」と頭をかくばかり。田所甚内と加藤段蔵は、しょうがないと肩をすくめる。そして猫の小梅は「にゃにゃん」と鳴いた。
「あんたら、へんな連中だなぁ。まっ、いいか。あたいは空羽(うつは)、いちおう借りは借り、恩義は恩義だ。鈍牛のあんちゃん、なんかあったらいつでもいいな。あたいでよければ力をかすぜ」
自分の腰ほどの背の女の子が胸を反らせる姿に、大きな鈍牛が「ありがとう」と丁寧に腰を曲げ頭を下げたものだから、空羽はますます得意気となる。
なんともほっこりした場面。なのにこれを見ていた段蔵、おもむろに吹き出し「百貫娘が空羽って、ぷぷぷっ」
鈍牛と甚内の二人もそれはちょっと思っていた。けれども当人を前にして、ましてや相手は女の子にて、面と向かって言うべきことではないと、あえて口をつぐんでいたというのに。
そういえばこの加藤段蔵という男、芝生の庄にての滞在中、なにかと当主の慈衛とつるんでは酒を飲んでいることが多かった。ひょっとしたらちょっと空気が読めないところとか、ひと言多いところなどが似ているせいで、気があったのやもしれない。
女子の体重をからかうという失態を犯した段蔵、空羽にゴツンと脛を蹴飛ばされて「あイタっ」
ぷりぷり怒った空羽は、鈍牛だけに「またな」と別れを告げると、そのまま走って行ってしまった。
「くっそー、あのチビ、寸分たがわず弁慶の泣き所を蹴りおったわ。ったく、なんてことしやがる。クノイチの女なんてガキでもロクなもんじゃねえ」と段蔵。
そんな彼の姿に、いくら希代の大忍びとて痛いものは痛いのだと知った鈍牛。
芝生の庄を守るお良に聞かれたら、もう一方の脛も蹴飛ばされそうな段蔵の言い草に、おもわずジト目になったのは田所甚内。ひょっとしたら能力うんぬんではなくて、こんなところが信玄の怒りを買ったのでは? と、ふと思った。
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