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第八十話 亜門と飛び加藤
しおりを挟む変幻自在のからくり棒杖を持つ根来の亜門と対峙するは加藤段蔵。
すでに二人の周囲には骸の山が出来ている。
男たちは揃って、すっかり邪魔者を片づけたところで、とっくりと本命を平らげようとの魂胆であった。
互いの視線がぶつかり殺気が混ざり合う。
名乗りも言葉も不要。ただ存分に死合おうと、目がぎらり。
二人が同時に駆け出す。
亜門の棒杖が突き出される。一見すればただの突き、だがよく見ればそのものに捻りが加えられており、見た目以上の必殺の破壊力が込められていた。
とっさに段蔵、左にかわす。
これに合わせるかのようにして、亜門の得物が形状を変える。
一つの身が鎖に繋がれた三つの身へと分かれる。三節棍へと変形。直線的な動きがとたんに曲線へと転じ弧を描き、避けた段蔵の横っ面へと迫る。なんとかのけ反りこれをもかわし、崩れた体勢をそのまま利用して後方へ手をつき二転、くるりと軽業師のように回って段蔵の身が跳ねた。
いったん距離をとった段蔵、だがそこにも追尾の手が。
分かれて伸びたとおもった亜門の棒が、さらに伸びたのだ。三つが五つとなって、その分だけ間合いが広がる。
五尺(約百五十センチ)が六尺(約百八十センチ)、六尺が七尺(約二百十センチ)へと。
武器の間合いが瞬時に変わる。届かないはずのところに届く。それも触れれば肉がひしゃげて骨が砕ける必殺の一撃が。
猛る蛇の頭のように迫った追撃を、どうにか手にしていたクナイではじいた段蔵、おもわず舌打ちをする。
まるで刀と槍と鎖分銅の使い手らを同時に相手しているようにて、どうにもやりにくい。しかも各々が達人級となればなおさら。
見れば亜門の手元にて武器がただの棒杖の形状へと戻っている。
あれがまたぞろ厄介だと段蔵は独りごちる。伸びたり縮んだり曲がったり、頭ではそういう武器だと重々承知。だが実物を前にすると、目や体や身に備わった感覚が、わずかながらに戸惑いを感じて反応が鈍くなる。無意識にて元の棒状の形態が脳裏をよぎるのだ。ぎりぎりの攻防が常の忍び同士の戦いにおいて、そのわずかが命取り。
となれば、あの厄介な得物をどうにかするのが先決。
段蔵が亜門へと駆けるのと同時に、クナイを放つ。その数、六。
ぎゅるりと螺旋の力の篭ったそれらが亜門の身を捉える。
生木を撃ち抜く威力にて、あわよくば武器破壊を期待した攻撃。
しかしまともに入ったのは一本きり。残りはすべて巧みな棒さばきにてクナイの突端を逸らされて、受け流された。
だがその一本で充分。ピシリと得物の表面にかすかにヒビが入ったのを段蔵は見逃さない。
両手にクナイを逆手に持ち懐へと飛び込んだ段蔵。
亜門、瞬時に得物をコノ字の三節棍にしてこれを受けた。
左右の棒に加えて、中央部分にて巧に段蔵の連撃をしのぐ。まるでもう一本腕があるかのような動きには、段蔵も内心にて舌をまく。
が、いかに使い手の妙があろうとも、苛烈な攻めに武器の方が先に悲鳴をあげた。
ピシリと不穏な音がして、ついに亜門の得物に明確なるヒビが浮かぶ。
剣士が手にした刃が折れれば動揺する。槍使いや弓士もまた同じ。
されば亜門という男がどうであったのかというと、いまにも壊れようとする武器を前にして、これに構うことなく平然と回し蹴りを放つ。
なんてことのない横薙ぎの一撃。だが蹴りは蹴りでも、船の舵にも用いられるほどの強度を誇る固い赤樫の角材をへし折るほどの威力を持つとなれば話はかわる。
からくりが仕込まれた棒杖にての変幻自在な多彩な攻めが持ち味の根来の亜門。
だがその真骨頂は体術にこそあったのだ。彼にとっては手にした武器は、これすべて手足の延長に過ぎない。必殺の体術があってこその必殺の武器。
蹴りが狙うは段蔵の腿。まずは足を砕いて動きを封じるのが亜門の算段。
しかしその目論見は外れた。なんと! 必殺の蹴りを段蔵が受けとめてみせたから。
あえて踏ん張らずに片足を持ち上げる格好にてだらりと力を抜き、打撃をやわらかく受け止め、青竹のごときしなやかさにて威力を半減させたのだ。それでも十分に骨が砕けるぐらいの威力はまだまだ残っていたのだが、加藤段蔵という忍びの肉体もまた常人のそれとは一線どころか、三つも四つもまたいだようなもの。
人外の領域である化け物の世界に片足を突っ込んだ者同士だからわかる、相手の異常さ。
「全身、これ武器とすべし。忍びたるもの、そうでなくてはな」
「ああ、手にした得物や道具にばかりに頼るなんぞ、忍びの恥じよ」
段蔵の言葉にこたえた亜門、口からごぼりと血を吐いた。
見れば段蔵の抜き手がその胸を貫いている。
蹴りを受けとめた流れにて、内に踏み込んでからの、生身による手刀。
踏み込みの距離はほんの三寸(約九センチ)ほどにすぎない。だがたったそれだけの距離に込められた力は、飛び加藤の異名を持つ忍びの全力の脚力。
鍛え上げた忍びの肉体をも粉砕する膂力を持つ加藤段蔵。
そのすべてが集約された一撃にて亜門は沈黙した。
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