誰もいない城

月芝

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029 白い花

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 遊歩道がなかばで途切れていた。
 白い花に浸蝕されている。範囲は五メートルほど。その先からまた道は続いている。
 かまわず突っ切ろうとしたところで、はたとボクは足を止めた。
 これまで何度も危険な目にあってきたせいか、直感的に「ダメだ」と思った。
 そっと踏みおろしかけた足を戻し、数歩下がる。
 ちらりと背後を確認し、ガーゴイルの群れの様子をうかがう。一見すると変化はなかったが、木の一番高いところにとまっている個体の羽が、ほんのわずかに動いたことをボクは見逃さない。
 ボクは確信を抱く。

「なるほど、そういうことか。これが引き金だったんだ」

 気味の悪い巨木にいるガーゴイルの群れ。
 それが動き出すのは、秘密の花園が荒らされたとき。
 白い花こそが連中の反応する引き金であったのだ。
 そのことがわかったのは収穫であった。おかげで無闇やたらと怯えずにすむ。とはいえ……。

「問題はこの距離……。正直いって微妙だな。走り幅跳びの要領でイケるか?」

 三メートルぐらいならば楽勝だと思う。けど五メートルだとどうだろう。近いようでそこそこ遠い。充分な助走から、踏み込んでのジャンプ。しっかり勢いをつければイケそうな気はするけど、踏み込みの位置取りが難しそう。着地も砂地ではなくて、固いレンガを敷き詰めた地面。態勢を崩してすっ転べばアウト。

「学生、もしくは成人男性の走り幅跳びの平均値ってどれくらいだろう」

 わからない。
 ボクは自分の身体を見つめながら自問自答。
 自分についての記憶は虫食いだらけにつき、いまいちはっきりしていない。どうでもいいことはけっこう覚えている。けれども、それとても正しいという保証はどこにもない。
 ボクは自分自身が信じ切れていない。夢で明らかになったことだけで判断すれば、お世辞にも褒められた人物ではない。中身もそうだが、この身体もそう。いくぶん甘めに採点をしても、せいぜい並み程度の性能。筋肉量や体つきからして、学生時代に運動系の部活に打ち込んだ類の肉体ではない。
 日々の運動なんて学校と家との往復、あとは家の中での移動ぐらいだと仮定したら、若さを加味しても、たぶん毎日ウォーキングを欠かさないオバさんといい勝負ではなかろうか。少なくとも老人ランナーよりかは確実に劣っている気がする。

「本当にボクは跳べるのだろうか……、この距離を」

 思わぬところで足止めを喰らったボクは、白い花に分断された遊歩道の向こうを眺めつつ途方に暮れた。

  ◇

 どこにも迂回路はない。
 ロープをひっかけて渡る、なんていう怪盗やスパイのようなマネもできないし、そもそも手持ちのロープはとっくに品切れ。まぁ、あったとしてもやらないけど。
 先へ進むには自力で跳ぶしかない。
 だからとて、あせっていきなり挑戦したりはしない。
 なにせボクは自分の体の性能をちっとも信用していないから。
 ガーゴイルどもは白い花を傷つけさえしなければ動かないはず。
 それを利用して遊歩道を何度も行ったり来たり。ボクはコツコツ自主練習を始めた。歩数や歩幅を調整し、走るスピードやタイミングをはかり、実際にやってみてどれくらい跳べるのかを確認。念入りに予行演習をくり返す。
 よもやこんなところで、一人、走り幅跳びをすることになろうとは……。
 こんなことなら学校の体育の授業のときに、ちゃんと取り組んでおけばよかった。
 虫食いだらけの記憶を頼りに、ようやくそれっぽい動きが可能となるまで、休憩を挟みつつ計百本以上も跳ぶハメになる。
 とはいえ、それでもたぶんギリギリ及第点といったところ。
 疾走からの踏み込みは地面に印を刻むことで、どうにかなる。
 問題は着地の方だ。こちらが安定しない。三回に一度ぐらいはすてんと転ぶ。尻もち程度ですめば御の字。ひどいときには大きく態勢を崩して派手に横転。練習中にも何度か遊歩道からはみ出しそうになって、危なかった。
 それから不安要素がひとつ。
 それは向こう側の道の地面の状態。
 遠目にて詳細はわからないけれども、こちらの状況と照らし合わせると、うっすらと土埃などが積もっている可能性が高い。
 これがスニーカーの底と相性が悪い。ずるりと滑るのだ。
 ふだんならば気にもとめないような塵芥が、着地の際には脅威となりかねない。

「うーん。いっそ裸足でやるべきか。そういえば小学生の頃には、徒競走のときにやたらと裸足で走っているヤツがいたっけか。『こっちの方が速い』とか得意げに言ってたけど、あれって本当なんだろうか」

 その男子の足は確かに速く、クラスでも有数の走者。
 体育の時間には人一倍張りきり、運動会ではいつも活躍していたっけか。
 自分とは真逆の明るい人気者。
 もっとも彼の足の速さがクツを脱いだおかげだとは、とても信じられないけれども。
 そもそも裸足の方が本当に速いのならば、オリンピックに出場するアスリートたちは、全員裸足で走っているはずなのだから。
 と、いささか思考が横道にそれた。

「でも裸足ならば、少なくともスニーカーよりかは滑らずにすむかも。しかし……」

 安定感は増すかもしれないが、ケガを負う確率が格段に高まる。
 メリットとデメリットを秤にかけて、ボクはしばし熟考へと入った。


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