剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子（剣）いりませんか？三本目っ！もうあせるのはヤメました。

004 南海の情勢

　
　帰還の挨拶もそこそこに、わたしの問診をはじめたイシャルさま。
　第三の天剣（アマノツルギ）が顕現したことを知って、わたしの身体を心配してくれたのである。
　なにせ剣の母として、天剣を世に産み出すという行為には、代償をともなうがゆえに。
　過去には十一もの天剣を顕現した剣の母もいたらしいのだが、その反動によって彼女は心と魂が砕けて生きる屍と化してしまったという。
　あれこれとたずねられたものの、とりあえずは異常はみられないとの診断結果に、わたしは、ホッ。

　それが終わると、次にイシャルさまはわたしの帰還先をここに指定した理由の説明をはじめた。

「剣の母がパオプ国へと出向いたという話は、あれからすぐに外部へ流れましてね。まぁ、とくに秘密にしていたわけではありませんが。
　女王ザフィアからのたっての要請であったのですが、表向きには『天剣にふさわしい担い手を探すための旅』ということにしておきました。
　しかしこれに周辺国がざわつきましてね」

　とどのつまりは、みんな超常のチカラを持つ天剣の行方に興味津々。
　そして可能であるのならば自分のところに欲しい。もしくはそれを手にするという栄誉に恵まれた人物を囲い込みたい。
　そんなときに剣の母である娘が神聖ユモ国を飛び出し、他国へと赴いたという情報が流れる。
　このことが意味しているのは、神聖ユモ国が強権を発動し、天剣および剣の母の役目を担う者を、無理に従わせるつもりがないということ。
　いかに個人やいち国家が独占してよい類のチカラではないというお題目があろうとも、それを馬鹿正直に守るとはちょっと信じられない。
　しかしちょっかいを出す好機であることもまた事実。
　そこで「パオプ国へ行かれたのでしたら、次はぜひとも自分のところにご招待したい」という旨の親書が各国から殺到しているらしい。

　外交上の問題やら今後の他国との関係、国際情勢をかんがみてなどなど。
　あれこれムズカシイ言葉を並べられて、わたしは首をかしげる。こちとら里での基礎教育しか受けていないのだ。
　するとイシャルさまがやさしい笑みを浮かべつつ、「ようはご近所付き合いが大切ということです」と言い直した。
　わたしはポンと手を叩いて「なるほど」と納得。

「とはいえ、あまり遠くをふらふら出歩かれると、こちらとしてもいささか具合が悪いのです。ですからまずはつき合いが古い周辺国あたりから。ちなみに候補地としては二つ」

　どうやらわたしこと剣の母の諸国漫遊は、ほぼほぼ決定事項らしい。
　で、イシャルさまから提示された国というのが……。

　平原と戦士の国クンルン。
　神聖ユモ国の西に位置しており、広大な平原を有す。良馬、良騎竜の生息飼育地としても有名だが、何よりもその武芸熱が凄まじい。
　なにせどんなに小さな里ですらも、練武場を持ち、年がら年中あちこちにて武闘会が行われているほど。
　これだけ聞くと、いかにも腕っぷし自慢の荒くれ者たちが幅を利かせているような印象を受けるが、さにあらず。
　じつは倫理規範がとても高い。
　それはこの国が祀っている炎風の神ユラから授けられた十戒の影響によるといわれている。
　過去に天剣の主となった猛者を多数輩出しており、実績は十分。

　商連合オーメイ。
　神聖ユモ国の南西に位置しており、北部の大穀倉地帯と南部の商業が盛んな湾岸地区を保有している。
　この国の代名詞といえば「商売」と「賭けごと」であり、まるごと賭場になっている都もある。常に膨大な情報、金、品、人が蠢いており、すべての欲望はオーメイにはじまりオーメイに終わるといわれるほど。
　商いで身を立てようと志す真っ当な人間から、賭けごとにて一攫千金を狙う人間まで、清濁をあわせ持つよどんだ汚泥のようなところ。
　そのような地なので、賭博を生業とする博徒が大勢住みついており、ときには彼らが代理となって勝負することで、物事を決することさえあるという。

　英傑を探すのならばクンルン。
　こちらは国王主催にして一番大きな武闘大会である「大練武祭」に、主賓として剣の母を招待したいとのお話。
　情報を得たいのならばオーメイ。
　こちらはゆるりと物見遊山などしながら、ぜひとも歓待したいとのお話。まずはお近づきとなって親交をあたためつつ、今後とも良しなにといった狙いか。

　どちらを選んでもかまわないとイシャルさま。
　しかしそれを決める前に、伝えるべき情報があるとのこと。

「聖都のピ湖からアマノ河を下ると到達する南海。近頃、この海をめぐって騒動が起きておりまして」
「騒動？」
「じつは海賊が頻繁に出没しては暴れまわっており、航路を荒らしているのですが、その背後には商連合オーメイの関係者がいるようなのです。
　それに元八武仙フェンホアめが起こした騒動。
　あのおりに、どさくさにまぎれて第一皇女イチカさまをさらおうとした事件。あれらの実行犯が逃げ込もうとしていたのが、どうやら商連合から来ていた商船であったらしく。
　これらのことからも、オーメイの方はちょっと……」

　なにも国ぐるみで悪事に加担しているとはいわない。けれどもどうにも怪しいところがちらほら。
　そこで影矛たちを調査に向かわせているので、結果が出るまでは待ってくれるとありがたい。
　つまりいちおうは二択っぽいけど、選べる方は実質決まっているということ。
　それならそうと「クンルンへ行け」と命じればいいのに、これをしないのがイシャルさまのいいところでもあり、またずるいところでもある。
　現人神とされる皇（スメラギ）さまに直答が許されている星読み。
　時には国を裏から動かしていると揶揄されるほどの影響力を持つイシャルさま。なのにその身分や立場をかさにきての強制はしない。
　どこまでもやんわり、しんなり、それでいてちゃっかり最適な解を自ら選ぶようにと、そっと後押し。
　そしてそんな器用なマネをする相手に、わたしごとき辺境娘が太刀打ちできるわけもなく……。