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007 国境の橋
しおりを挟む神聖ユモ国内の旅は順調というか、緩慢にて怠惰。
せっかく大仰な使節団や行列を廃した、身軽な馬車の旅であったのに、かかった時間はそこそこいい勝負。
それだけ寄り道をして、ケイテンが出張費を飲み潰したということ。
こうやって経済はまわり、わたしたちが納めた税が浪費されていくんだね。
社会の裏側に触れて、わたしはちょっと虚しさを覚えた。
で、ようやくクンルン国へと通じる国境の関所が見えてきたんだけど……。
北から南へと大地を分断するかのようにして横たわるシーチン渓谷。
幅はぎりぎり矢が届くかどうかだが、深さがかなりある。落ちたらいっかんの終わり。
しかも難儀なのが、その地質。
もとからモロかったところに加えて、長いこと雨風に晒されて削れており、どうにも頼りない。
うかつに近寄ったらポロリもあるよ。
そんなシーチン渓谷だが、ところどころ地盤が強固なところがあって、そこを利用してかけられた巨大な石橋が、神聖ユモ国とクンルン国を繋いでいる関所の役割を果たしている。
国境の橋ユンコワン。
東側を神聖ユモ国が管理し、西側をクンルン国が守っている。
互いの権限がおよぶのは橋のど真ん中の境界線まで。
そこにも双方の警備員が不休にて配備されており、往来する者たちに絶えず目を光らせている。
◇
神聖ユモ国側の関所はまさかの素通り。
ケイテンによれば馬車が特注すぎて通行手形がわりになるそう。国内であればだいたいこんな調子らしい。
が、それが通用するのも橋の半分まで。
そこから先はクンルン国側の領土となるから、入国にはそれなりの手続きが必要。
まずは橋の上でざっくり馬車や搭乗者を調べられる。そしてより本格的な入国審査は橋の西のたもとに着いてからとなる。
とはいえ神聖ユモ国の皇さま印の通行手形に加えて、クンルン国の王族から発行された招待状を持参しているわたしたちは、たいして手間取ることもなく形式的な手続きのみですむ。
入国手続きはお供であるケイテンのお仕事。
外面だけはいい彼女。キリリとしたたたずまいにて役人らに対応しているのを尻目に、わたしは橋からの景観をたんのう。
「でっかいねえ、ふかいねえ、おっかないねえ」
なんぞと橋の縁にてひとりはしゃいでいたのだが、ふと思い立って帯革より金づちをとりだした。
「石橋と結婚は叩いて渡れと、神父さまも授業でおっしゃっていたことだし、ちょっと調べてみよう」
特に深い意味はなかった。
子ども心の拙い思いつき。
早速、ツツミの空間把握能力を試すべく、金づちにてユンコワン橋を「コンコン」してみた。
とたんに叩いた箇所を中心にして音の波紋が広がり、手のひらを通じて伝わってくる様々な情報。
でもって、わたしは顔面蒼白となる。
だって、石橋を支えている輪石やら壁石どころか、要石にまで破損があるのを発見してしまったんだもの!
緻密に組まれた重量のある建造物であるほど、一か所の破損が全体の崩壊へと繋がりかねない。
わたしはあわててクンルンの役人と話をしているケイテンのところへ駆けてゆく。
「たいへんだぁー!」
◇
わたしが「なんか橋がやばいことになっている」と告げたとき、大人たちはそろって「はぁ? 何言ってんのこいつ」というあきれ顔をした。
いかに剣の母とて、ぽっと出の小娘の社会的信用度なんて、しょせんはこんなもの。
そこでツツミに本来の姿である巨大破砕槌になってもらい、天剣(アマノツルギ)より自らの口にて語ってもらったところで、「えらいこっちゃ」と大騒ぎになる。
で、すぐに双方の関所に駐在している専門家たちが、指摘のあった箇所を点検してみたところ、実際に問題が発覚したものだから、さぁ、たいへん!
けっこうぎりぎりだったらしく、もしも発覚が遅れていたらユンコワン橋が落ちて、多数の通行人が巻き込まれて大惨事になるところであった。
すぐさまユンコワン橋の国境は封鎖されて、橋の補修工事を始めることになった。
幸い、ちょっと遠回りになるが南に二日ほど下ったところに、規模はずんと小さくなるけれども別の橋があるので、両国間の行き来に問題はない。
ただし、気になることがひとつ。
「えっ! 自然の傷みもあったけれども、明らかに人の手が加えられているところがあったの?」
おどろくわたしに、ケイテンが神妙な面持ちにてうなづく。
それも橋の強度に関して重要度の高いところに、人為的な破損の痕跡が見られたという。
これすなわち、何者かが破壊工作を目論んだという証。
「とはいえ犯人捜しは難航するだろうねえ」
「なんで?」
「傷がずいぶんと古いものだったからだよ。あんまりにも古すぎて正確なところはわからないけれども、少なく見積もっても十年ぐらい前だって話だよ」
「……十年前」
わたしがポポの里にて産声をあげる前後。
そんな昔に、どこかの誰かがユンコワン橋の破壊を画策した。
もしも破壊が成功していたらどうなっていたであろうか?
少なくとも神聖ユモ国とクンルン国の間はギクシャクしたものとなっていたはず。最悪、互いに責任のなすりつけ合いとか始まったら、目も当てられやしないよ。
すべてがその誰かの計算の上かどうかはわからない。
けれども、この話を耳にしてわたしの脳裏をよぎったのは、かつて鉄と職人の国パオプにて対峙した、レイナン帝国の工作員のこと。
あの男は想像を絶する狂気と執念でもって、膨大な時間と労力をつぎ込み、国崩しを仕掛けてきた。
十年といえば、あの男が第十三王女ラクシュの密命を帯びて海を渡ってきた時期と重なる。さすがに同一人物の犯行とは思えないけれども。
もしもその時期にあの男同様、複数の手の者がこちらの大陸へとやって来ていたとしたら……。
わたしはゾクリときて、思わずぶるると肩をふるわす。
するとケイテンがとってもイヤなことをぼそり。
「二度あることはなんとやら。今回の出張、何もないといいんだけどねえ」
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