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010 女用心棒

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 クンルン国の北西部、なだらかな丘陵地帯にある試練の迷宮。
 炎風の神ユラがクンルンの民へ「武の修練のために」と与えた恩寵にて、全百層にもおよぶ地下迷宮の内部には、数多の罠と禍獣たちが蠢いており、挑戦者たちを待ち受けている。
 周囲を高い外壁と深い堀に囲まれており、出入りをするには北か南にある吊り橋を渡るしかない。
 壁の内側には迷宮街と呼ばれる地区があって、その中心に迷宮への入り口となる門が存在している。

 この地は、ひと癖もふた癖もありそうな面構えの猛者どもであふれかえっていた。
 これみな試練の迷宮に挑戦する者たち。
 迷宮内は弱肉強食にて、探索は命懸け。
 けれども野生とはちがって、倒した禍獣からはかならず魔晶石が採取できるし、魔術師がこしらえる道具には欠かせないとあって、けっこうな高値で取引されるからいい稼ぎになる。
 また外部のように獲物を探し回る手間が省けるので、効率よく戦闘の経験を積むのにはちょうどいいから、この場所を活動拠点にしている武辺者も多い。
 そしてこれらを目当てにした商活動も盛んゆえに、迷宮街はとってもにぎわっている。
 ここではいろんな空気が濃密にからみ合っており、独特の熱気が満ちている。
 自然に備わっている生命力とはちがう、人間だけが持つ活力や精力が放つ血の気とでもいおうか。
 そんなものが渦巻く場所を前にして、わたしは「ほへー」と感心しつつ、ちょっと気圧されてもいた。

 吊り橋を渡り、諸手続きを経て迷宮街へ。
 ケイテンはここに来たことがあるらしく、混雑する通りにもかかわらず、慣れた様子にて器用に馬車を操り、早々に目当ての宿屋へと到着。
 四頭立ての馬車を宿に預け、部屋を確保すると、休むことなくわたしを連れ出して向かったのは、とある大きな建物。
 にぎわう街中には少々不似合いな砦っぽい武骨な建物。
 ここをケイテンは「斡旋所」と呼んだ。

 じつは試練の迷宮に入るのには、いくつかの手順が必要。
 それらを行ってくれるのが、この斡旋所。
 迷宮は公共の財産ゆえに、好き勝手は許されない。
 いくつもある受付の中から、すいている列に並んだケイテンとわたし。
 じきに自分たちの順番が回ってきたところで、やたらと愛想のいい受付のお姉さんが「本日はどのようなご用件でしょうか」とにこり。

「迷宮に潜りたい。ついては案内役となる腕利きを紹介して欲しい」とケイテン。

 なんでも迷宮は単独挑戦が禁止されているとのこと。
 最低でも三名から。
 だから外部からきて仲間がいない者は、斡旋所にて希望を述べて、人材を集めるところから始めなければいけない。
 街の酒場などで探すことも可能だが、斡旋所を通していない契約は、なにかと問題も多く、もしも何かあっても自己責任。のちのちのめんどうを考えれば、斡旋所経由で探すのが無難。

「案内役で護衛が可能な人材ですね、わかりました。他に何かご要望はありますか」
「そうだなぁ。できれば、女の方がいいかな。ほら、このわたしに夢中になるあまり、仕事に支障がでたら困るから」

 キリリと大真面目な顔をして、そんなことをほざいたケイテン。
 しかし受付のお姉さんは、これをあっさり聞き流して、手元の帳簿をぱらぱら。
 にっこりだけど淡泊な対応。
 おそらく荒くれ者どもがわんさか押し寄せるこの斡旋所では、相手のしようもない戯言にいちいちかまっていたらきりがないのであろう。
 これが大人の対応というやつなのかしらん。
 フム。勉強になるね。

「でしたら、この方などはいかがでしょうか。腕と人柄は斡旋所が保証しますよ」

 受付のお姉さんから紹介されたのは、女だてらに用心棒稼業を中心にしているという、ゲツガなる人物。
 書類にあった経歴や実績にざっと目を通したら、なんと迷宮の五十層まで攻略済みだというからたいしたもの。
 斡旋所がオススメするだけあると納得したケイテンも、「では、この人をお願いします」と受付のお姉さんに告げた。

  ◇

 斡旋所内にある部屋にてお茶をしながら、待つことしばし。
 係の者に連れられて姿を見せた女用心棒ゲツガ。
 体は女性にしては大柄。全体的にがっちりしているけれども、女らしさも幾分残している。赤サビ色の艶のない髪を後ろに雑にまとめただけの頭。ほどよく日焼けしており、顔に化粧っけは皆無。夕陽の色をした瞳がキレイだけれども、目つきが鋭い。御歳二十六。
 ゲツガの得物は、そりのある野太刀と呼ばれる長剣。
 紅風旅団の副首領アズキの武器に似ているけれども、こちらのほうがずっと長い。わたしの身長といい勝負。
 短槍ほどもある黒い鞘から、いったいどうやって刃を抜くのか。
 わたしがふしぎそうに首をかしげていたら、その視線を感じたゲツガが「どれ」と刀を手にした。
 チャリンとかすかな鍔鳴りの音。
 一瞬、光がきらめいたような気がしたけれども、わたしの目は何もとらえられない。
 で、部屋の反対側の壁に張りついていた蛾が、はらりと二つに分かれて床に落ちた。
 とんでもない早業!
 しかも正確無比にて切っ先が壁を毛筋ほども傷つけることもない!
 これにわたしは「すっげー」とパチパチ称賛の拍手。
 ケイテンも「腕は申し分ないようね」とうなづく。
 かくしてわたしたちは契約を結び、ゲツガの案内にて試練の迷宮へと潜ることになった。


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