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020 命の霊薬
しおりを挟むこの場に乱入してくる複数の気配は感じたものの、視界がまるで効かない。
白い煙の向こうでは、怒号まじりの剣戟音が鳴り響く。
けれどもすぐに静かになった。
不気味な沈黙が続く。
わたしは少し逡巡するも、意を決して指笛を鳴らす。
呼応したのは魔王のつるぎアン。
「……がってん」
漆黒の大鎌が激しく回転。風の流れが発生し、室内に満ちる白煙を切り刻むかのようにして、たちまち霧散させる。
じょじょに戻ってくる視界。
最初にわたしの目に飛び込んできたのは、片膝をついて苦悶の表情を浮かべているゲツガ。右肩から血を流している。どうやら斬られたらしい。
ケイテンはわたし同様に壁際にて身を低くして防御の体勢をとっており、無事。
しかしアスラは床にうつ伏せで倒れている。
襲撃者たちはすでにどこにも見当たらない。
わたしは念のためミヤビに部屋の入り口を見張らせてから、みんなのところへ。
「ゲツガさん、だいじょうぶ?」
「あぁ、少々不覚をとったが、見た目ほど傷は深くない。それよりもアスラが」
アスラの周囲には血だまりができていた。
声をかけても返事はない。ケイテンに手伝ってもらい彼のカラダを仰向けにすると、袈裟懸けに斬られているばかりか、胸にほど近いところには小さな矢のようなモノが刺さっており、傷口付近が禍々しい赤紫に変色していた。
それを見てゲツガが顔をしかめる。
「マズイな。これはコロダマの毒だ」
コロダマとはクンルン国の森に自生している小さな白い花にて、根の部分がクスリにも毒にもなる植物。
解毒剤は存在しているが、あいにくと持ち合わせがない。それによしんばあったとて、この毒は血流にのるとあっという間に全身にまわってしまい、そうなるともはや手遅れ。
「襲ってきた連中は毒について熟知していたみたいだな。だからこそ、この場所を狙ったんだ」
ゲツガの言葉のとおりにて、肌の変色が胸から全身へと見る間に広がっていく。
殺すだけならば矢で心臓を撃ち抜けばいい。
けれども万が一を考えて、より確実に葬ろうと襲撃たちは画策した。
わたしは背負い袋から水筒を取りだすと、自分の水の才芽のチカラを込めて傷口にふりかけてみる。
しかし効果はない。
いや、ただしくは毒のまわりが早すぎて回復が追いつかないのだ。
このままだとアスラは確実に死ぬ。
わたしは次に土だけの鉢植えをとりだし、縁をコンコンと軽く叩く。
応じてにょきにょき生えてきたのは単子葉植物の禍獣ワガハイ。この子は自分の意思にて成長を逆行できる特技があり、移動中はたいてい土の中に潜っている。
「ワガハイ、預けている例の物を出して」
「あの石をか? しかしいいのか、チヨコよ。こう言ってはなんだが、ほとんど赤の他人だぞ。たいした義理もあるまい。むしろ迷惑をかけられたクチであろう」
「まぁね。とはいえ、みすみす見捨てるのも寝覚めが悪いもの。それにどんなにすごかろうとも、必要なときに使わなければ意味がないよ。
後生大事にとっておいて出し惜しみをしたあげくに、パオプ国の悲劇の二の舞なんて、それこそ笑えない。なにより仲間を見捨てるなんざぁ、辺境女がすたるってもんよ」
「くくく、辺境女の心意気でアレを使うのか。これは愉快痛快、善き哉善き哉」
黄色い花弁をゆらゆら揺れらしながら、ワガハイが地中より取り出したのは宝石。
満天の星空をぎゅっと固めたかのような星香石。
地の神トホテの恩寵にてパオプ国の至宝。いろいろあっていくつか手元にやってきたうちのひとつ。
身につければ邪気を払い、煎じて飲めば万病に効く奇跡の霊薬になるという品。
先天性の心臓の病すらをもたちまち完治させるというこいつのチカラならば、瀕死のアスラもきっと助かるはず。
金づち姿のツツミに頼んで、さっそく星香石をゴリゴリすり潰す。
細かな粉末にしたものを水筒に放り込んで、はげしくふって混ぜ混ぜ。
できた霊薬をさっそくアスラの傷口にかけてみると、しゅわしゅわ煙があがりみるみる治っていく。
しかしアスラは意識をちっともとり戻さない。顔も土気色のまま。
見た目以上に内部が毒に浸蝕されてしまっているらしい。外からの治療ではこれが限界ということか。
わたしは「はぁ、しゃーねえなぁ」と深くため息。ぐいと奇跡の霊薬をあおり口に含ませるなり、アスラにぶちゅーっとね。
ベタだけれども直接喉の奥へとクスリを流し込む。
なお、これはあくまで緊急時の医療行為につき、わたしの青春の甘酸っぱい思い出には一切記録されないので、あしからず。
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