剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?三本目っ!もうあせるのはヤメました。

月芝

文字の大きさ
36 / 50

036 忌櫃(イミヒツ)

しおりを挟む
 
 首都アルマハル外縁部にほど近いところにある高級宿。
 主に競馬や戦車競技目当ての客が宿泊している場所。
 大練武祭期間中にもかかわらず、財力にモノをいわせてそこを貸し切っていたのは、商連合オーメイより来訪中のチャムドであった。
 王城での茶会より帰ってきたチャムド。
 これを出迎えたのは黒い長衣姿の男。

「闘技場よりもどっていたのか、ギーマ」どっかと長椅子に巨漢を沈めたチャムドが片眉をあげる。「して、首尾は?」

「上々ですよ。いい具合に忌櫃(イミヒツ)に気が満たされつつあります。
 いやはやクンルンの武芸熱はすばらしい。大喰らいの魔槍を首尾よく手に入れられたのも幸いしました。
 このぶんでは予定よりずっとはやく、箱が目覚めるかもしれません」

 ギーマが口にした忌櫃とは、レイナン帝国に侵略され滅ぼされた某国の古代遺跡にて発掘された箱。
 屈強な男が両腕をひろげたほどの大きさ。表面には無数のサルが踊り狂うような模様が刻まれており、素焼きっぽい材質にて脆そうな見た目に反してたいそう頑強。それこそ谷底に叩き落しても、ヒビひとつ入らないというシロモノ。
 使途不明につき長らく国庫の奥でホコリをかぶっていたのだが、これに興味を示し調べたのがレイナン帝国のいまは亡き第四王子。魔道狂いとして有名であったが、次期帝位争いにて十三番目の王女ラクシュに敗れ屠られた。
 かつてギーマは第四王子が抱えていた魔術師集団に所属していた。しかしその集団もまたラクシュ王女の手の者によってあらから討たれてしまう。
 あのときギーマはいち早く危機を察して、どうにか研究中であった忌櫃を持ち出し、窮地を脱することに成功。
 その後は伝手を頼って第八王子の庇護下に入り、現在へと至る。

「ここまでボクがお膳立てしてやったんだ。首尾よく箱が目覚めて吹く魔耶風(マヤカゼ)とやらが、労力に見合うものであることを期待しているよ」

 卓上の盛り皿にあった菓子の山。手をのばしたチャムドはわしづかみにし、無造作に己の口へと放り込む。
 くちゃくちゃと聞く者に嫌悪感を抱かせる咀嚼音が室内に響く。
 けれどもギーマはわずかな身じろぎもしない。

「クンルン国内での活動のみならず、改修業者として闘技場内の細工に始まり、荷の運搬設置まで。すべてはチャムドさまのご尽力の賜物。
 わたくしどもの主人もたいそうお喜びにて『今後ともよしなに』とおっしゃられておりました」

 慇懃に頭を下げるギーマ。
 しかしチャムドは「ふん」と鼻を鳴らして横柄に応じた。
 両者の結びつきは、しょせんは欲得づくの関係であったからだ。
 魔耶風は人心をかき乱し、大地を穢し、病気や不作を引き起こすとされており、今回の臨床実験に成功すれば、クンルン国は大きく傾く。
 そうすれば国内の品は買い叩き放題。
 しかも一番の売り物となる優れた戦士が安く大量に手に入れられる。
 チャムドの商会はこれを帝国に仲介することで暴利をむさぼり、第八王子は自陣の戦力を増強するだけでなく、こちらの大陸を侵略するための橋頭保をも手に入れることになる。
 すべては己の利するところにて、彼らの間には連帯感などというものは微塵も存在していなかった。

  ◇

「そういえば剣の母はどうでしたかな、チャムドさま」
「あー、アレか。見た目はまるでお話にならないね。商品価値はないよ。びっくりするぐらいに、ただのちんまい小娘だ。本当に天剣(アマノツルギ)なんてお宝を所持しているのか、疑いのあまり、ついまじまじとガン見してしまったぐらいさ。でも……」
「何か気になる点でも」
「あんまりにもふつうすぎるんだよ。それがボクにはかえって不気味に感じた。だって天剣だよ? その気になればいかなる戦局をも簡単にひっくり返すような超常の存在だよ? そんな危ないシロモノを懐に抱えて平然としていられるのって、ボクはちょっと神経を疑っちゃうね」

 貧乏人が急に大金を手にしたら挙動不審になる。
 大商会にたずさわる身として、そんな小心な人間を数多く見てきたチャムドだからこそ抱いた感想。
 チャムドの言葉を受けてギーマも「うーん」と考え込む。

「……とすれば、やはりうかつにちょっかいは出さないほうが賢明ということでしょうか」
「だろうね。念のために国元の姉ちゃんにもお伺いを立てたけど、『いまはヤメとけ』だってさ」
「あのシャムドさまが、ですか。フム、ならば我らも今回は見送るのが良さそうですね」
「そうそう。姉ちゃんには何か考えがあるみたいだし。いずれオーメイに誘い出して、そこで仕留めるつもりなのかもしれないね。
 あーあ、かわいそうに。
 チヨコとかいうあの娘、きっと骨の髄までしゃぶられちゃうよ。うちの姉ちゃん、女子どもでも容赦ないからなぁ」

 同情する言葉を口にするわりには、愉快そうにグフグフと笑みを浮かべ口元を歪めるチャムド。ひょうしに首まわりの駄肉がぷるんとゆれた。


しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...