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036 忌櫃(イミヒツ)
しおりを挟む首都アルマハル外縁部にほど近いところにある高級宿。
主に競馬や戦車競技目当ての客が宿泊している場所。
大練武祭期間中にもかかわらず、財力にモノをいわせてそこを貸し切っていたのは、商連合オーメイより来訪中のチャムドであった。
王城での茶会より帰ってきたチャムド。
これを出迎えたのは黒い長衣姿の男。
「闘技場よりもどっていたのか、ギーマ」どっかと長椅子に巨漢を沈めたチャムドが片眉をあげる。「して、首尾は?」
「上々ですよ。いい具合に忌櫃(イミヒツ)に気が満たされつつあります。
いやはやクンルンの武芸熱はすばらしい。大喰らいの魔槍を首尾よく手に入れられたのも幸いしました。
このぶんでは予定よりずっとはやく、箱が目覚めるかもしれません」
ギーマが口にした忌櫃とは、レイナン帝国に侵略され滅ぼされた某国の古代遺跡にて発掘された箱。
屈強な男が両腕をひろげたほどの大きさ。表面には無数のサルが踊り狂うような模様が刻まれており、素焼きっぽい材質にて脆そうな見た目に反してたいそう頑強。それこそ谷底に叩き落しても、ヒビひとつ入らないというシロモノ。
使途不明につき長らく国庫の奥でホコリをかぶっていたのだが、これに興味を示し調べたのがレイナン帝国のいまは亡き第四王子。魔道狂いとして有名であったが、次期帝位争いにて十三番目の王女ラクシュに敗れ屠られた。
かつてギーマは第四王子が抱えていた魔術師集団に所属していた。しかしその集団もまたラクシュ王女の手の者によってあらから討たれてしまう。
あのときギーマはいち早く危機を察して、どうにか研究中であった忌櫃を持ち出し、窮地を脱することに成功。
その後は伝手を頼って第八王子の庇護下に入り、現在へと至る。
「ここまでボクがお膳立てしてやったんだ。首尾よく箱が目覚めて吹く魔耶風(マヤカゼ)とやらが、労力に見合うものであることを期待しているよ」
卓上の盛り皿にあった菓子の山。手をのばしたチャムドはわしづかみにし、無造作に己の口へと放り込む。
くちゃくちゃと聞く者に嫌悪感を抱かせる咀嚼音が室内に響く。
けれどもギーマはわずかな身じろぎもしない。
「クンルン国内での活動のみならず、改修業者として闘技場内の細工に始まり、荷の運搬設置まで。すべてはチャムドさまのご尽力の賜物。
わたくしどもの主人もたいそうお喜びにて『今後ともよしなに』とおっしゃられておりました」
慇懃に頭を下げるギーマ。
しかしチャムドは「ふん」と鼻を鳴らして横柄に応じた。
両者の結びつきは、しょせんは欲得づくの関係であったからだ。
魔耶風は人心をかき乱し、大地を穢し、病気や不作を引き起こすとされており、今回の臨床実験に成功すれば、クンルン国は大きく傾く。
そうすれば国内の品は買い叩き放題。
しかも一番の売り物となる優れた戦士が安く大量に手に入れられる。
チャムドの商会はこれを帝国に仲介することで暴利をむさぼり、第八王子は自陣の戦力を増強するだけでなく、こちらの大陸を侵略するための橋頭保をも手に入れることになる。
すべては己の利するところにて、彼らの間には連帯感などというものは微塵も存在していなかった。
◇
「そういえば剣の母はどうでしたかな、チャムドさま」
「あー、アレか。見た目はまるでお話にならないね。商品価値はないよ。びっくりするぐらいに、ただのちんまい小娘だ。本当に天剣(アマノツルギ)なんてお宝を所持しているのか、疑いのあまり、ついまじまじとガン見してしまったぐらいさ。でも……」
「何か気になる点でも」
「あんまりにもふつうすぎるんだよ。それがボクにはかえって不気味に感じた。だって天剣だよ? その気になればいかなる戦局をも簡単にひっくり返すような超常の存在だよ? そんな危ないシロモノを懐に抱えて平然としていられるのって、ボクはちょっと神経を疑っちゃうね」
貧乏人が急に大金を手にしたら挙動不審になる。
大商会にたずさわる身として、そんな小心な人間を数多く見てきたチャムドだからこそ抱いた感想。
チャムドの言葉を受けてギーマも「うーん」と考え込む。
「……とすれば、やはりうかつにちょっかいは出さないほうが賢明ということでしょうか」
「だろうね。念のために国元の姉ちゃんにもお伺いを立てたけど、『いまはヤメとけ』だってさ」
「あのシャムドさまが、ですか。フム、ならば我らも今回は見送るのが良さそうですね」
「そうそう。姉ちゃんには何か考えがあるみたいだし。いずれオーメイに誘い出して、そこで仕留めるつもりなのかもしれないね。
あーあ、かわいそうに。
チヨコとかいうあの娘、きっと骨の髄までしゃぶられちゃうよ。うちの姉ちゃん、女子どもでも容赦ないからなぁ」
同情する言葉を口にするわりには、愉快そうにグフグフと笑みを浮かべ口元を歪めるチャムド。ひょうしに首まわりの駄肉がぷるんとゆれた。
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