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037 大練武祭、決勝戦

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 大練武祭もいよいよ最終日。
 天気はあいにくの曇り空。遠くに黒々とした雨雲まで見える。動きからして首都アルマハルの方には流れてきそうにはないけれども。
 陽射しがかげっているせいか、ときおりヒュルリと吹く風が肌に冷たい。
 だが大闘技場に詰めかけた観衆たちには関係ない。彼らが放つ熱が湯気となり、その視線はつねに石舞台へと注がれていたのだから。
 人為的なお膳立て、もしくはユラ神の采配か?
 ものの見事に決勝にてハチヨウとトールンが当たる抽選結果となり、気の毒なことに準決勝は消化試合のようなあつかいとなる。そして大番狂わせが生じることもなく、みんなが期待したとおりの決勝戦を迎えることとなった。

 決勝のためだけに新たに作られた中央の石舞台はピカピカ。
 にらみ合うハチヨウとトールン。

「……結局、ぶなんなところで落ちついたねえ。もっと波乱が起きるかと期待していたのに」

 両雄の姿を貴賓席より眺めながら、わたしはぽつり。
 ひょうし抜けとまではいわないが、予定調和のような展開にちょっと物足りなさを感じている。
 するとケイテンが言った。

「きちんと規則があって、双方がそれを尊重し、なおかつ条件が限られた戦いの場だと、どうしても不測の事態が介入する余地はなくなるわ。
 本来、戦いに絶対はない。達人とて油断すれば素人に負けることだってある。強者だって調子が悪いときはある。武器や戦い方による相性だってある。
 でも、あらかじめ諸々が用意された状態の武闘会形式ならば、雑事に囚われることなく、より純粋に己の武だけに専念できる。ましてや大練武祭に出場する猛者ともなれば、各地の予選をくぐり抜けてきただけあって、試合に臨む身構えをそれなりに確立しているもの。
 試合巧者につき力量の差をひっくり返すには、それこそ奇跡級の幸運でもないかぎりはキビシイわよ」

 とどのつまり、試合にはなんでもありの実戦とはちがうムズカシさがあるということ。
 わたしが「なるほど」と納得したところで、決勝戦が始まった。

  ◇

 草原の風との異名を持つハチヨウ。よく引き締まった長身にて、ひょうひょうとした雰囲気の飛来去器使い。
 ユラ神の彫像のごとき巨躯を誇るトールンは体術の達人。身につけているのは動きやすそうな革の鎧一式。ただ手甲と具足だけは何かの禍獣のウロコで仕上げた黒い品を装備していた。
 火と水、あるいは柔と剛。
 見た目はなんとも対照的な二人の男たち。
 けれどもそれはわたしの早とちり。
 いざ、戦いがはじまれば双方ともに烈火であった。
 初手からハチヨウが飛来去器を放つ。それもアスラを倒したときは四枚だった薄刃が七枚っ! 速度も段ちがいにて石舞台の上に旋風が巻き起こる。
 四方八方から怒涛の勢いにて迫る風刃らを、手甲や具足をもちいてさばき続けるトールンはその場からほとんど動かない。
 ただし攻撃に押されてクギづけにされているわけではない。その証拠に背後から飛んできた刃を上体を回転させることでかわしつつ、すれちがいざまに拳打を加えて軌道を強制変更。ハチヨウ自身へと襲いかかるように仕向けたのだから。
 己へと飛んできたソレを手にあるくの字型の刃で真上へとかちあげたハチヨウ。飛ぶチカラが失せて落ちてきたところを難なく回収する。
 と、今度はトールンが動く。
 軽い地響きにて石舞台の表面にヒビが入ったと思ったら、トールンの姿がハチヨウの目の前にあらわれる。踏み込みからの突進。
 左の手刀による一閃。狙うはハチヨウの首付近。
 ハチヨウは飛来去器にてこれを受け流すも、直後にギィンと鈍い音が鳴り響き、その身が大きく後退。
 間髪入れずに放たれていたトールンの右の拳を受けたため。
 しかし打撃は決まっていない。手元の飛来去器を分離、とっさに二刀流となることでハチヨウはこれを防いでいた。
 互いに距離が開いたところで、次々と戻ってきた薄刃を回収するハチヨウ。
 息吹をし、心身を整えるトールン。
 第一幕はこれで終了。次に向けて両雄ともに静かに準備をはじめる。
 そんな男たちの姿に観客たちは声援を送るのも忘れて息を呑む。

  ◇

「ぷはぁ」

 わたしは肺の中のよどんだ空気を吐き出す。二人の男たちの攻防に見入るあまり、ついつい息をするのも忘れていた。
 ぶっちゃけ隣でケイテンが実況してくれなかったら、もう、なにがなにやら。
 それほどまでに男たちの動きはすさまじかった。
 でもさらにわたしを驚愕させたのは、そんな男たちよりも神聖ユモ国の八武仙筆頭クムガンのおっちゃんの方が強いと、解説がてら断言するケイテンの言葉。

「マジで?」確認するわたしに「まじまじ」とうなづくケイテン。
「八武仙ってば、それぐらい強いのよ。いくらキノコ毒で弱っていたからって、フェンホアをやっつけちゃうチヨコちゃんの方がお姉さんはびっくりよ。
 八武仙の中には『あの子の体幹はすばらしい。ぜひ引きとって自分の内弟子にしたい』なんて言い出す方までいたんだから。あのあとけっこうたいへんだったんだから。
 もっともその話は星読みのイシャルさまが止めたけれども」

 なんてこったい! 危うく武人への道を進まされるところだったよ。わたしにはポポの里にて第一次産業の星になるという夢があるというのに。
 自分の人生設計がどんどんおかしな方向へとズレている。
 そのことにわたしが頭を抱えている間にも、ハチヨウとトールンの激闘は続く。
 大闘技場は興奮の坩堝と化してゆく。


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