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040 疑装天剣(ギソウアマノツルギ)
しおりを挟む闘技場の出口を目前にして、白い槍を手にしたコォンとふたたび対峙することになったわたしたち。
かつて試練の迷宮内で戦ったときには、凄腕の女用心棒ゲツガさんがいたけれども、いまはいない。
大練武祭を通じて成長著しいアスラ。
まだまだ手の内を隠し持っているっぽいケイテン。
対するコォンは明らかにチカラと異常性が増している。しかも武人としてのチカラではなく、得体の知れない別の何かが。
戦力差は明らか。こちらが圧倒的に不利。
さすがにわたしも最初から参戦せざるをえまい。今回ばかりは出し惜しみはなしだ。とはいっても、主にがんばるのは娘たちなんだけれども。
「ミヤビ、アン、ツツミ、お願い」
剣の母であるわたしの要請に応じて帯革から飛び出す、白銀のスコップ、漆黒の草刈り鎌、金づち。たちまち本来の姿である白銀の大剣である勇者のつるぎ、漆黒の大鎌である魔王のつるぎ、蛇腹の大破砕槌である大地のつるぎとなった。
「ミヤビはアスラの、アンはケイテンさんの援護を。ツツミはわたしを守って」
「承りましたわ」「……がってん」「まかせるでござる」
かくして陣容を整えたところで戦いが始まる。
◇
先手必勝とばかりにアスラが猛然と駆け、コォンに接近。
くり出される白い槍の穂先を右へ左へとかいくぐり回避。
以前よりも動きが小さくムダがない。おそらくはぶちのめされたハチヨウの動きをマネしているのだろう。滑らかな動きはとても即席とは思えなかった。ハチヨウをして「嫉妬するほどの武才」と称したのは伊達ではない。
長剣と短剣の二刀流に加わる形となったミヤビの存在も大きかった。
いわば腕が三本になった状態につき、ただでさえ多い手数がさらに増す。
廊下という場所もこちらに味方する。槍を自在に振りまわすにはいささか手狭。せっかくの間合いの広さが活かしきれない。つい力任せに槍をあつかうものだから、壁やら天井や床を切っ先でガリゴリ削り、その分だけ速度や鋭さ、攻撃の精度が落ちる。
その隙を見逃すアスラではない。
いっきに懐へと飛び込み突きの連撃。コォンの身を穴だらけにする。
ズタボロにされてコォンのカラダがよろめく。そこへ襲いかかったのは勇者のつるぎミヤビ。槍と真正面から斬り結び気合一閃。穂先どころか槍身までをも唐竹割りに一刀両断。
さらにケイテンが放った投擲武器・円月輪がコォンのこめかみや首筋を追撃。深々と斬り裂く。
トドメだとばかりに魔王のつるぎアンが、漆黒の大鎌にて胴体をバッサリ分断。
怒涛の攻め。
真っ当な生き物であれば、生きていられる道理がない。
だがとっくに人間を辞めていたコォンは倒れない。
「そんな! ちゃんと槍を壊したのにどうして」
後方にてツツミに守られていたわたしは、目をむく。
疑問の答えはすぐにコォン自身が示してくれた。
コォンのカラダがぐにゃりと形を失い崩れる。いや、かろうじて人型は保っている。トロっとした半透明の何かに変じたのだ。
水を斬れないのと同じように、受けた傷がたちまちのうちにふさがり消えた。
半透明のカラダ。その内より表へと、新たに生えてきたのは六つの槍の穂先。
見る間ににょきにょきと伸びて、六本の白い槍となり、これを持つ細長い腕まで生えてきた。
まるで節々した昆虫のような姿に、唖然となる一同。
そしてここからコォンの苛烈な反撃が始まる。
もはや廊下の狭さは何ら障害にならない。
なぜならそこには武芸の欠片も介在してはいなかったから。
六つの剛腕による槍の乱撃が、すべてを薙ぎ払い、暴風の嵐となって場を蹂躙し支配する。
こうなっては人間のチカラではどうこうできない。
ゆえにミヤビ、アンが前線を引き受けているうちに、アスラとケイテンはいったん後退した。
ギャンギャンと鉄の悲鳴のような音が鳴り響く。
激しく打ち合う天剣と擬装天剣。
ほんの数合にて白い槍の穂先が耐えきれずに粉々に砕けるものの、砕けたはしから新しいのが生えてくるからキリがない。
その様子を尻目に肩で息をしていたアスラが「あの野郎、いったいどうなっていやがる」と毒づく。
「そんなこと知らないわよっ。わかったことといったら、あの魔槍を通常の手段で破壊するのはキビシイってことだけね」ケイテンは忌々しげに応じつつも、乱れた息を整える。「ずっとヘンだとは思っていたのよ。あの程度で壊れるようなシロモノを、わざわざ地下迷宮の奥深くに、隠し部屋まで作って封印するわけがないって。でもわたしの考えが正しければ、まだ打つ手はあるわ」
コォンの身より流れ霧散する血、黒い風、赤い雪……。
人々を狂わすそれらを受けてもケイテンやアスラが無事だった理由。
きっと何らかの共通点があるはず。
で、よくよく考えてみれば、それは剣の母であるチヨコの水。
ケイテンは日常的に二日酔いの酔い覚ましとして、今回の旅の間中、常飲。アスラは試練の迷宮内にて襲撃者の凶刃に倒れた際に、奇跡の霊薬として摂取。
チヨコが身に宿す水の才芽は、手づからかかわった水になんらかの効能を宿す。
おそらくはその働きによって、自分たちは正気を保てているとの仮説を口にしたケイテン。
「ほほぅ。ということは、チヨコがいればアイツに勝てるということか」
勝ちの芽がひょっこり生えてきて、アスラがにやり。
ケイテンがうなづく。
「ええ、試す価値はあると思うわ。ただし、問題は相応の水の確保が必要だということ」
大量の水が必要だと聞いて、わたしがピコンと閃いたのは、この前立ち寄った闘技場内にある食事処のこと。
「大勢の客のために調理をする場所だから、きっと水瓶も大きなのを置いてあるはず」とのわたしの話に、二人も「それだ!」「それよ!」とそろって声をあげた。
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