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041 魔槍変異
しおりを挟む黒髪をたなびかせて走るケイテン。闘技場内の構造をある程度把握している彼女が先導役。
続くのは白銀の大剣ミヤビに乗って宙を飛ぶわたし。
右斜めうしろをアスラが駆けて、最後尾を漆黒の大鎌アンと蛇腹の破砕槌ツツミが守る。
追ってくるのは、いまやクモ人間みたいな容姿になり果てたコォン。天井も壁も床もおかまいなしに六本の槍で破壊しながらの猛追。ずんずん迫る。
背後からくり出される穂先をどうにかかわしつつ、わたしたちは一路食事処を目指す。
◇
広大な闘技場内はちょっとした迷路。
直線を進み、角をいくつも曲がり、横合いからふいにのびてくる赤い目をした狂人らの手をかいくぐり、階段をのぼった先のひらけた空間へ。
そここそがお目当ての食事処。
好都合なことに周囲に人影はない。
まわり込むのもめんどうなのか、ケイテンが注文台を飛び越えて調理場へと直行。わたしもこれに倣う。
けれども後続のアスラたちは、台の手前で立ち止まった。
「オレさまたちがここでヤツを足止めするから、そっちは準備を頼む」
男気を示すアスラが剣を抜く。
彼の厚意に甘えて、わたしとケイテンはすぐさま水瓶を探す。
が、ここでちょいと予想外の展開が待ち受けていた。
「げっ、ほとんどないよ」
自分の身長ほどもある水瓶。その縁に手をかけ中をのぞき込み、わたしは落胆する。
調理場の隅には大きな水瓶が三つあったのだが、うち二つは空っぽ。残り一つも二割ほどしか残っていない。バケモノを退治するにはいささか心許ない量。
「ちっ、午後からの決勝戦だったから、すでに食堂の商いも最盛期を迎えていたんだ。ぬかった!」
自身のいたらなさにイラ立つケイテン。
大闘技場は高い丘の上に建つがゆえに、井戸の類はすべてふもとにある。特殊なからくりにてこちらまで汲みあげているらしいのだが、それを操作するには専門の知識が必要。からくりのある場所も一般には公開されていないから、ケイテンにもわからないという。
どうしたものかとわたしたちが悩んでいたら、ミヤビが「チヨコ母さま、これでは代わりになりませんかしら」
宙に浮かぶ白銀の大剣、その真下にあったのは蓋がされた特大の鍋。風呂釜に使えそうなほどもある。
大鍋に近づくほどに目がショボショボ。もれ伝わるのは、鼻の奥から脳天へと突き抜ける刺激臭。
わたしはそいつに覚えがあった。
一昨日に挑戦して敗れた相手。
完食すれば勇者と称えられ、記念メダルが贈呈されるという……。
「大練武祭限定、一撃昇天激辛肉団子スープか。食堂の人、阿呆だ。めちゃくちゃ売れ残ってるじゃん」
「そりゃあ、あの辛さじゃねえ。小さな子どもとかお年寄りだと、マジでひきつけを起こして昇天しかねない辛さだったし」
鍋一杯になみなみと残る赤い液体。
数多の挑戦者たちをはねのけてきたドロドロ。ヘタに処分したら環境に多大な悪影響を与えかねない危険物。前にしているだけで額から汗がじゅわっと染み出し、なにやら動悸が。
うぅ、これに腕を突っ込むのにはかなりの勇気が必要だよ。
とはいえ、あんまりのんびりともしていられない。
意を決してわたしは白銀のスコップ姿へと変じたミヤビを握る。「はっ」と気合いを入れてじゃぶじゃぶ、じゃぶじゃぶ。
一心不乱にかき混ぜつつ、自身に宿る水の才芽に向かってひたすらお願い。「頼むよー」
◇
調理場にてチヨコがせっせと大鍋をかきまわしていた頃。
食堂の方では、追いついてきたコォンとアスラたちも戦闘に突入していた。
六本槍のクモ人間と化したコォン。
これを三方より囲んで攻めるアスラとアンとツツミ。
一方が攻めれば、他方がひいて、他方の攻めにコォンの注意が向けば、すかさず残りの二方から仕掛ける。
一定の間合いを保ちつつ、押しては引く波のような攻撃。
時間稼ぎを狙った作戦によって、どうにか急場をしのぐアスラ。次々と迫る白い穂先を剣ではじき、さばきつつ「まだかっ」と叫ぶも、調理場の奥から聞こえてきたのは「えーと、もうちょっとー?」というチヨコの自信なさげな声。
「なんで疑問形なんだよ!」
アスラは怒鳴りながら、コォンの胴体を斬りつける。
コォンは腕が増えた分だけ手数も多くなり、間合いもぐんと広くなったので脅威度は跳ねあがっている。しかしその反面、武芸が荒くなっており、なおかつ長柄同士が邪魔をして、接近するほどに隙だらけ。
いかに不死身のような半液体のカラダとはいえ、斬られたり抉られたりした直後には動きがにぶくなるし、わずかながらに身じろぎもする。痛みを感じているのかは不明ながらも、イヤがっているのはまちがいない。
ゆえにアスラたちはどうにか戦えていたのだが、ここにきてコォンの身にさらなる変化が生じる。
鋭い穂先はそのままに、槍身と腕がぐにゃりと柔らかくなり一体化。まるでムチのような細長い形状となる。しかも枝分かれして六本が十二本に倍増っ!
変異したコォンを前にしてアスラの表情に焦りの色が濃くなる。
剣と槍の戦いとは、極論をいえば点や線同士のぶつかり合いにほかならない。だから多少の手数が増えてもどうにか対処できていた。
だがうねるムチとなると話がまるでちがってくる。曲線は間合いがわかりにくく、なおかつ動きを予測するのも防ぐのも困難。しかもそれを意のままに自在に操れるとあっては……。
「くそっ、させるかよっ!」
雄叫びをあげてアスラが飛び込む。
同時にアンとツツミも攻勢に転じる。
迎え撃つ十二本の白いヘビのようになった魔槍。
穂先による刺突にはじまり、薙ぎ、斬り、しなりにて加速した打撃、緩急が入りまじる動きが空間を席捲し、アスラたちを翻弄。
どうにか喰らいついていたものの、踏み込んだ軸足を払われガクンと腰が落ちたアスラ。「あっ」気づいたときには喉笛へと白い凶刃が迫る。これを長剣と短剣を交差することでからくも防ぐが、衝撃にて長剣が手のうちよりはじかれてしまう。
間髪入れずに飛んできたコォンの追撃は、振りおろし気味の一撃。
短剣を持つ腕をかざし、強引に前のめりとなることで、どうにか頭部への直撃はかわしたアスラ。それでも背中を殴打され、なおかつ短剣を持つ腕をからめ取られてしまう。
すぐに逃れようとするも、床を這うように接近したムチが左足首に巻きつく。続けて腰までをも拘束を受けて、完全に身動きを封じられてしまった。
助けを求めようとするが、漆黒の大鎌と蛇腹の破砕槌も長柄をつかまれ、まとわりつかれて、ままならぬ状況に追い込まれていた。
囚われたアスラ。
その胸元へと魔槍の鋭い穂先が閃く。
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