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030 奇跡の代償
しおりを挟む医学舎の見学会は続く。
研究棟のお次はいよいよ特別棟。
なのだけれども、いざ建物を前にしてわたしは立ちすくむ。
「これは、なんというか……。おもむきがあるというか、歴史を感じるというか」
「あー、ムリに気を使わなくていいよ。ぶっちゃけ不気味だからね。ここ」
失礼のないように言葉を選んだわたしの努力を、さらっと台無しにするアンズー卿。
研究棟が光の国ならば、特別棟は闇の国。
あちらが人間の住む所ならば、こちらは魑魅魍魎どもが跋扈する所。
いまにも降り出しそうな曇天のような色味の壁。カビだか水アカだかは知らないが、不気味な黒い染みがそこかしこに浮かび上がっては滲んでいる。ここだけ他の棟とくすみ方が段ちがい。表面には大小無数のひび割れ。自生しているツタが群がるヘビのようにうねっては、建物にからみついている。あと窓の鉄格子も物々しい。監獄とか留置所などという言葉がよく似合う。
外観そのものは同じ造りのはずなのに、ここだけ何かヘン。空気が重い。まとっている気配がじつに陰鬱で禍々しい。
まるで建物そのものが巨大なバケモノのよう。これならばまだ禍獣どもの方がよほどかわいげがある。
あつかう内容がちがうだけで、建物とはこれほどまでに表情を変えるのかと、わたしはあんぐり。
直後、入り口の奥からかすかに聞こえてきたのは「キャーッ」という悲鳴にも似た甲高い声。でもそれは人間のものではない。動物が発したもの。森で暮らしていればイヤでも耳にするから、わたしはすぐに気がついた。
だがしかし、わかったからとてちっとも安心できない。
この場所にて日夜、どのような研究が行われているのかを考えれば、先ほどの声の意味もおのずと見えてくるから。
入り口にて躊躇しているわたしにアンズー卿が声をかけた。
「どうする? やっぱりここはヤメておく? いろいろおもしろいモノもあるけど。古代禍獣の骨格標本とかオススメだよ。あとは人体から採取された寄生虫の貴重な標本とかも」
古代禍獣という単語には惹かれる。でも……。
しばし悩んだ末にわたしはくるりと特別棟に背を向け、「すみません。ここは初心者お断りみたいなので、ご遠慮させていただきます」と返事。
するとアンズー卿はにんまり、「まぁ、妥当な判断だね」と微笑んだ。
◇
四つある棟のうちの三つを見学してまわったあとは、アンズー卿に招かれて学舎内にある来賓室にてお茶をごちそうになる。
あたりさわりのない会話の時間がしばし続く。
その流れでわたしが「あー、ひょっとして医師の診察料が高いのって、このせいだったのかぁ」と口にしたら、アンズー卿がうなづいた。
「ご覧の通り、ひとりの医師を育てるのだけでもたいへんです。個人の才覚や努力はもちろんのこと、周囲の援助なしではとてもとても。
新薬の開発にだってお金やモノだけでなく時間がとてもかかります。品質を維持しつつ、供給できる量にも限りがあって」
つまりは医師を育て、新薬を研究開発し、クスリを供給し、より効果的な治療法を確立したりするのには膨大な費用がかかり、そこにつぎ込んだ投資分を少しでも回収しないと、とてもではないがやってはいけないということ。
医学の道を閉ざさぬための上納金。
けっして医師会が私腹を肥やすためではなかったのだ。そしてそこまでやっても、けっこうカツカツなのが実情。なにせわりと資金が潤沢とおもわれる商連合オーメイの医師会ですらもがこんな調子なのだから。
説明を受けて、わたしは自身の考えが足りなかったことをおおいに恥じる。陰でぼったくりとか言ってごめんなさい。
と、わたしが反省した頃合いを見計らい、アンズー卿が話題にあげたのは「神泉の井戸」のこと。
神泉の井戸。
それは神聖ユモ国の聖都、シモロ地区にある新名所。
ここの水を浴びればケガや痛みがたちどころに治るばかりか、飲めばいろいろご利益があるという評判の奇跡の井戸。
だがしかし、その正体はわたしの持つ水の才芽と天剣(アマノツルギ)のチカラが合算し、たまさかそうなったというシロモノ。
現在、同様の井戸がユモ国内にはあと二つある。
ひとつはポポの里、いまひとつは聖都カモロ地区の皇(スメラギ)さまのお膝元に。
じつは三つの井戸の中で、ポポの里にあるものが一番効能が高いことは秘密だ。どうやら発現する効能は、わたし個人の想い入れの強さが多分に影響するのだろうとは、里の呪い師であるハウエイさんの考察。
でもって今日の見学会の本題は、コレであったようだ。
わざわざわたしを招き、医学舎の内情を披露し、基礎理念や組織の在り方、現状を語り、こちらの理解を深めたところで、話題を切り出したアンズー卿の意図。それはどこにあるのだろう。
井戸そのものを欲しいというのか? 水の才芽を研究させて欲しいと協力を請うのか? はたまた商売の邪魔をするなと小言を頂戴するのか?
じつは聖都にて営業している医師たちの一部から「営業妨害だ」との文句があがっているらしいとの情報は、以前より紅風旅団のアズキから聞かされており知っていた。
そのときは「ぼったくりのヤブ医者どもがやかましい」ぐらいに思っていたのだけれども……。
こうやって医師会のことを詳しく知るほどに、それがあまりにも短絡的で稚拙な考えであったことがわかった。
わたしの行為は、長い目で見れば医学の発展を阻害しかねない危険を孕んでいる。
いつ効能を失い枯れるかわからない不確かな井戸。それに頼り切った末路は悲惨だろう。
ひとりのチカラに依存するのは、あまりにも危うい。
わたしは密かに襟を正し、背筋をピンとのばす。
これから行われるアンズー卿の話と真摯に向き合うために。
けれども彼が本題に触れようとした矢先のこと。
ドンと爆発音がして、建物全体がかすかに揺れた。
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