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031 火事
しおりを挟む激しい警鐘が打ち鳴らされる。
あわてて廊下へ出たわたしとアンズー卿。窓から目撃したのは、もうもうと黒煙をあげている研究棟の姿。どうやら火災が発生した模様。場所は二階の右端の方。
とっさにわたしの脳裏をよぎったのは、つい先日の四者面談の席にて聞かされた情報。
『北部の過激派がことを起こそうとしている』
だからもしかしたら……。
と心配するも、そんなわたしの考えを察して、即座に否定したのはアンズー卿。
「いや、これはあの件とは関係ないと思う。うちは基本的に中央や政治とは少し距離を置いているからね。なにより医師会と敵対しても連中が得をすることは何もないよ。
それよりもあの位置……、これは少々マズイことになるかも」
医者と不仲になったら、いざという時に困る。
それに医師会は各国に存在しており、社会的影響力はかなりのもの。各国首脳部も気をつかうような相手。そこに過激派風情がケンカを売るとか、ちょっとありえない。もしかしたら秘められた理由があるのかもしれないけれども。あるいは別の勢力の介入の可能性も。
しかしいまアンズー卿が案じていたのは、火の手があがった場所。
研究棟内にある三つの階段。そのうちの右端の階段近くが火元なのだが、階段との位置関係がまるで窯と煙突のよう。
「いかん! すぐに消火しないと。グズグズしていたら、あっという間に上階に火の手がまわりかねんぞ。こうなる危険性があったから日頃から注意していたというのに。いったいどうして……」
緊急事態につき、すぐさま現場へと向かうアンズー卿にわたしもくっついていく。
何か手伝えることがあるかもしれないしね。
◇
研究棟の周辺は逃げ出した人と駆けつけた人にてごった返していた。
すでに消火活動は始まっているけれども、明らかに火勢の方が強い。二階にて発生した炎がすでに三階を蹂躙して、さらに上へと手をのばしつつある。
いまのところ炎は縦にのびているだけだが、これがじきに横へと本格的に広がったら手に負えなくなる。建物全体に被害がおよぶ。
そうならないための仕掛けが施されていたのにもかかわらず、うまく機能していない模様。
どうやらアンズー卿の危惧が的中してしまったらしい。
ただでさえ燃えやすい資料がたくさんあるだけでなく、なかには引火性の高い薬品なんぞもある。最悪、建物そのものが爆散して貴重な研究成果も台無しに、なんてことも。その損失足るや計り知れない。
が、それよりもまずは人命第一。
建物内には逃げ遅れた人がまだ数名いる模様。
えらいこっちゃと、わたしもお手伝いすることにする。
帯革内より取り出した白銀のスコップがピカッと光って、本来の姿である白銀の大剣となる。
「ミヤビ、お願いね」
「おまかせください、チヨコ母さま」
勇者のつるぎミヤビに乗剣したわたしは、ふよふよ宙に浮かびつつ二階へ。
外から現場に近づく。さすがに燃え盛る建物内に飛び込むほど無謀ではない。
にもかかわらず熱気は相当なもの。顔が火照り、肌がひりひりする。機密性が高い構造が災いして、内部温度が急速に上昇しているみたい。急がないと。
ミヤビの気配察知能力にて、建物の壁越しに逃げ遅れた人がいるとおぼしき場所を探る。
反応があったのは二階の角部屋。どうやら炎と煙の中を逃げ惑ううちに、そこに追い込まれてしまったみたい。
外部に面した角部屋の壁へとミヤビを寄せたところで、おもむろにとり出したのは金づち。これまたピカっと光って、本来の姿である蛇腹の破砕槌となる。
「ツツミ、いくよー」
「母じゃ、了解でござる」
わたしは大きく振りかぶったツツミにてドカンと一発、壁を粉砕。
壁の向こうは掃除道具の保管庫。薄暗い室内に五人ばかりが団子になっているのを発見。全員かろうじて意識はあるが、ぐったりしている。おおかた煙を吸ってしまったのだろう。自力での脱出はムリと判断したわたしは室内へ。
要救助者らの襟首をつかみ引きずっては、ポイポイ壁の穴から外へと放り出す。
下では救援に駆けつけた人たちがすでに布を広げて待機しており、これを次々と受け止めてくれた。やれやれ二階で助かった。これが三階以上だったら、さすがにこうは上手くことが運ばなかっただろう。
無事に救助を終えたところで、わたしも脱出。
直後に保管庫の扉がボンと吹き飛び、豪炎がガーッと吠えた。
あっぶねー。
◇
逃げ遅れた人たちの救助を終えてふたたび外へ。
いまのところ火勢と消火活動は一進一退といったところ。ただ時間を経るほどに、火の方がじりじり押しているように、わたしには見える。
というか時間の問題?
最悪、他の棟にも燃え移っちゃうかも。
「いっそ建物の一部をぶち壊すか」
森で火災が起きたとき、火消しが間に合わないと判断されたら、隣接する空間の木をすべて切り倒すことで、火種を失くし、それ以上は燃え広がらないようにする。
家の場合も延焼を防ぐために、燃えている建物を隣近所ごとまとめて叩き壊すことがある。ちゅうと半端に燃え残ってもしようがないからね。
だから、わたしがアンズー卿に許可を求めようとしたのだが、その時、帯革内にてずっとおとなしくしていた、漆黒の草刈り鎌姿の魔王のつるぎアンが口をひらく。
「……母、あれ」
アンが指し示したのは研究棟の屋上にデンと置いてあった巨大な樽っぽいモノ。
雨水などを溜めておく貯水槽が、合計五つ。
近寄って中をのぞいてみれば、八割がた埋まっており、そこそこの水量。
いっきにぶちまけたら、あとは勝手に流れ落ちていくから、なんとなくイケそうな気がする。
となれば早速、実行すべし。
ここは妙案を出してくれたアンに任せる。
死神のアレを彷彿とさせる漆黒の大鎌姿へと変じた魔王のつるぎアンが、サクっと一閃。
真っ二つにされた貯水槽から流れ出した水が、ざばー。
たちまち建物内部へと浸水。階段が滝のようになり、急流が火災現場を席捲。
おもいのほかに上手くいった。火勢もずいぶんと弱まり、この分では鎮火されるのも時間の問題であろう。
ただひとつ、誤算だったのは流れ落ちた大量の水の先には、現場に詰めかけていた大勢の人たちがいたということ。
波にさらわれて、ワーキャー騒ぎながらどんぶらこ。
その中には最前線で指揮をとっていたアンズー卿の姿もあって、わたしは「あちゃあ」と己の額をぴしゃり。
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