剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?五本目っ!黄金のランプと毒の華。

月芝

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033 燻る火種

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 わたしが医学舎での火災に遭遇した翌日。
 アンズー卿がお礼にとわざわざ逗留先の宿を訪ねてきた。
 あの火事については事件と事故、二つの線にて現在調査中。けれども「おそらくは事故として処理される」とのこと。
 べつに揉み消しとかではなくてガチでそうらしい。
 実験後に、混ぜるな危険の使用済みの試薬を、うっかり一般用の処理槽に捨ててしまったことが原因。他にもいくつか不運が重なった末の失火であることは早々に判明したという。
 なのに事件の線でも調査は継続しているのは、火事場泥棒を疑ってのこと。
 さいわい医学舎にて保管されている貴重品や危険物には異常がなかった。しかし資料類がいささか怪しい。なにせ火と水と奇跡で現場はぐちゃぐちゃ。どさくさに紛れて重要な内部資料を持ち出した輩がいるかもしれない。
 悲しいかな医学舎は人間を研究するところ。ゆえにその強さも弱さも理解している。魔がさすということは往々にして起こること。
 条件が重なったとき、人は案外、簡単に悪へと転がり墜ちる。
 だからこそきちんと調べなければいけない。

 辛そうにそう語ったアンズー卿。
 そんな彼の隣には、あのとき助けた新生カメリさんの姿もある。元お局研究員は、いまやデキる美人秘書っぽいたたずまい。
 ちなみにこの大人な二人の関係は、いわゆる二号さん。しかも奥さん公認なんだってさ。
 もともと学生時代からつきあっていた二人。けれども身分ちがいにて、アンズー卿が家の事情で妻を娶らなければならなくなったとき、カメリさんは自らの意思で身を引いた。
 わりとよくある話である。
 でもこの話がそこで終わらなかったのは、アンズー卿の奥方の度量が並外れて大きかったから。
 すべてを丸っと呑み込み、奥方は呼びつけたカメリさんに、面と向かってこう言ったらしい。

「私は家と家庭を守ることは出来ますが、それだけです。だから貴女には公私の公の部分で彼の支えとなって欲しい」と。

 とどのつまり内向きのことは自分が引き受けるから、外向きのことはお願いということ。
 お金持ちや貴族が愛人を囲っているなんて話は、べつに珍しくもなんともない。
 しかし公私を明確に区別し、各々の領分から一人の男を支えるという体制をとり、これを長年堅固に維持し続けることは生半可なことではない。
 なぜなら人間にはやっかいな感情があるからだ。
 もしもアンズー卿の想いがどちらかに傾けば、妬みや嫉妬などの負の感情がたちまち発生。重しとなって足元ぐーらぐら。とたんに奈落へと落ちる綱渡り。
 それを周囲に一切悟られることなく関係を続けられたのは、アンズー卿のお手柄というよりも二人の女性たちの忍耐の賜物だろう。
 この話を聞いて、わたしは俄然、アンズー卿の奥方に興味がわいたよ。さる高貴な家柄の出自だというけれども、それゆえの達観なのだろうか。なんにせよ大物だ。もしも我が家ならば、まちがいなく血の雨が降っているね。

  ◇

 報告がてらアンズー卿が見学会のときに言いそびれていたことにも触れる。
 それはわたしの予想に反して、要請の類ではなくて忠告であった。

「チヨコ殿のチカラはたしかに素晴らしい。いまだに自分の目で見たことが信じられないほどさ。だがそれは人の領分をあまりにも逸脱しすぎている。いわば禁断の果実だ」
「禁断の果実?」
「そう。あまりにも美味しすぎて、ひとたびその味を知ってしまったら、きっと他のものでは満足できなくなる。とり憑かれてひたすら追い求めることになる。求める想いが強くなるあまり、寄越せ、奪え、となる。最悪、戦争すらをも引き起こすかもしれない」
「いやいやいや、さすがにそこまでは……」
「ない、とキミは本気で言い切れるのかい?」

 アンズー卿よりまっすぐに厳しい目を向けられて、わたしは「うっ」と怯む。
 とても「まっさかー」と笑い飛ばせる雰囲気ではなく、また卿の言っていることにむしろ「うーん。ありうるかも」と納得してしまっていたから。
 実際のところ、わたしの水の才芽は成長が著しい。
 というか、たまに暴走している。意図以上の効能を発揮することもしばしば。さすがに先天性の心臓病すらをもたちまち完治しちゃう、パオプ国の星香石級の奇跡の霊薬にはおよばないだろうが、それに準ずる域へと達しつつある気がしなくもない。万能性では星香石に届かなくとも、数と量をこなせる点やいろいろ応用が利く汎用性では、わたしの方がぶっちぎっているし。
 フム。これはかなりヤバい。
 争いの火種がぷすぷす燻っていやがる。
 自身をとりまく現実をあらためて直視させられて、わたしはおもわず黙り込んでしまった。
 えらいこっちゃ!
 追いかけ回されて逃げ回る自分の未来しか想像できないや。どうしよう……。
 内心にて大あわてする小娘を見つめていたアンズー卿。その表情が一転して柔らかなものとなる。

「火災のおり、チヨコ殿は必死になってこのカメリを助けてくれた。あの行為は純然たる善意ゆえのこと。でもキミも感じただろう? あのとき現場に渦巻いていた複雑な感情を……。
 悲しいかな人間には狭量なところがある。ついつい自分と他者を比べては優劣をはかりたがる。そのくせ圧倒的に優れた上位の存在があらわれたら、これを無条件に受け入れ認められるほど素直でもない。あげくには否定し糾弾する材料を求めて、粗探しに奔走することさえ」

 まるで言い聞かせるようにして語られるアンズー卿の言葉に、わたしはハッとする。
 彼は暗に「医師会の動向に気をつけろ」と告げてくれていることに気がついたからだ。
 各国に支部を持つ大きな組織は、その巨体ゆえに腹の中にいろんな考えを持つ人物を抱え込んでいる。医師会もまた一枚岩というわけではないのだ。内部にはいろんな力関係が存在しており、派閥もあって絶えず綱引きが行われている。上層部の意向に沿わず、反発し独自に動いている者たちもいるのだろう。
 アンズー卿は立場上、おおやけには口にできないことを伝えようとしている。
 そのうえで注意を促しつつ、自分は味方だとも伝えてくれている。
 はっきり明言しないのは、どこで誰の目があり耳があるのかわからないから。たとえ超高級宿の貴賓室とても「絶対」はない。
 研究熱心で誠実なだけでは務まらない。相応なしたたかさも身につけていなければ、とても医師会の支部の代表なんてやっていられない。アンズー卿もまたそういう人物だということ。
 今後はそれとなく医師会の情報を流してくれるという。
 偶然とはいえそんな人物と懇意になれたのは、なかなかの収穫であった。
 そんな感想でもって、わたしの商連合オーメイの医学舎見学は幕を閉じた。
 お次は富国教である。
 あー、忙しい忙しい。


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