その彼氏、俺でよくないですか?

竹野こきのこ

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第4話 対立と約束

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 それにしてもなんであいつが……。だが、彼女はバイトをするためなのか、長かった髪を短くショートヘアに切っていたのが気になった。

「ちょっと……なんであんたがいるの?」
「それは俺が聞きたいんだけど……」

 正直、最悪だ。
 いつこいつにバラされるかわからない恐怖と、そんな中で教えなければいけない事が頭の中をぐるぐると回る。俺はなるべくあの事に触れさせないよう仕込み棚のある所に案内をする。一度話しておきたい所だが、話しかけるには仕事をするしかなかった。

「まぁ、お互い色々言いたいことはあるかもだけど、とりあえず仕事をしよう」
「は? 別にあたしは無いんだけど?」
「ないのかよ……それならそれでいいけど……」

 少しほっとしながら、俺はしば漬けの袋を網付きボールに入れる。汁をきって弁当箱に詰めていく作業を教えることにした。

「これをだいたい50個くらい作るから」
「うん……」
「俺は別にいいけど、社員とかにはちゃんと返事したほうがいいぞ」
「……はい」

 淡々と説明する俺に対し意外と素直に聞く彼女は、案外物覚えがいい方だった。業務以外の会話は交わさない。しば漬けをそっと盛り付けていく。その中で、弁解するきっかけを作る為、真剣にしば漬けを詰める彼女に聞いた。

「あのさ……なんで髪切ったんだ?」
「ナンパなら受け付けませんけど?」
「ちがうって、なんでお前をナンパするんだよ」
「だって、あんたはどこでも誰でもナンパするイメージだけど?」
「うっ……それは、なにもいえねぇ……」

 そういって、作業を続ける。普段通りのしば漬けの匂いで、少し気持ちが落ち着くのがわかる。冷静に、彼女の作業を確認すると、日比野は口を開いた。

「昨日、髪切りに行ってたの……」
「え?」
「だから、昨日は街に髪を切りにいってたの! あんたが聞いたんでしょ?」
「なるほど。イメチェン……かな?」
「はいはいイメチェン。はい、この話終わり!」

 彼女はそういって最後のしば漬けを詰め終えた。

「それじゃ、次は……」

 俺がそこまで言いかけると、店長の声が響く。

「長坂ー、ちょっと調理場入ってくれ!」
「はーい!」

 俺は、もう一つのきゅうり漬物を取り出し、日比野に言った。

「これもとりあえず同じように詰めておいてくれ。量は見本がそこにあるから」

 そういって、調理場に入る。夕方になり、少し早めのピークが訪れた様だった。調理場で焼き物を焼きながら、間の時間を見て日比野に指示をし、作業を教える。通常の作業に教育の業務が入る事の大変さを痛感した。

 怒涛のピークを終え、20時になると、早番の勤務時間が終わる。通しのシフトで休憩を抜いて8時間。4時間の日比野も同じ時間に終わる。だが、休憩室に行くころに彼女はもう帰っている様だった。

「なぁ、お前やっぱり日比野と知り合いなのか?」

 店長は気になっていたのか、帰り際に俺に聞いた。

「知り合いというか、見たことあるだけ……です……」
「そうか、まぁ仲が悪く無ければいいのだが……とりあえず教育はお前にまかせるから、辞めないようにしてくれよ!」

 そう言われ、シフト表を見ると見事に出勤日が被っていた。
 マジかよ……初日で辞めたりしないよな……。
 店長が言った言葉は俺にプレッシャーを与えた。今日みたいに、気まずい空気が続くと思うと憂鬱になる。どうすればいいのかわからないまま俺は服を着替え帰りの支度をした。

「おつかれさまでした!」
「おつかれ!」

 挨拶をすませ店の外に出ると、あたりは暗く排気口からもれる油もののにおいが漂っている。店の裏側に自転車を取りに行こうとすると人影が見えた。まるでコンビニの前にたむろしているヤンキーの様な恰好で座っており、よく見ると短い金髪の髪がかすかにわかる。

 俺は、そのことに触れず、自転車の鍵を開けた。すると背後からあの甲高い声が響いた。

「なーんで無視するのかなー」

 声のする方を見ると、彼女が座ったまま視線を向けている。

「いや無視したつもりは無いというか、話しかけてくるとは思わなかったっていうか……」
「ふうん……」
「ところで、日比野さんはなにしてんの?」
「あんたを待ってたんだけど?」
「待ってたって、なんで?」

 質問には答えず、彼女は俺のほうに歩いてくる。

「はい」
「なにこれ?」
「ジュースだけど?」
「それは見ればわかるけど、なんで俺に?」

 彼女は、後ろを向いた。

「なんか、昨日は思いっきり蹴っちゃったし、今日も忙しそうだったしで色々と仕事を邪魔して悪かったなーって」
「まぁ、教えるのも仕事だし気にしなくていいよ。肩はまだ痛いけど……」
「それは自業自得でしょ?」
「そうだな、俺もごめん……なんか変なとこ見せちゃって……」

 そういうと、彼女は少し驚いた顔をする。

「本当だよ……しかもあのタイミング気分最悪!」
「あのタイミング?」
「こっちの話。まぁ、やっとバイト決まったし辞めたくないんだよね……」
「……ああ。俺もその方が助かる」

 彼女にそう言われ思った。確かに俺の事を言ったところで彼女には何もメリットがない。それどころが新しいバイト先で気まずくなるのがオチだろうと納得する。

 日比野はジュースに口をつけ一口飲むと、少しだけ明るい声で言った。

「あのさ、あんた彼女いないんだよね?」
「まぁ、いないけど」
「好きな人は? っているわけないか!」
「……」

 そう言われ、俺は言葉に詰まってしまう。いないと言うのは簡単なのだけど、自然に接してこようとしている彼女に、何となく嘘はつきたくなかった。

「は? いるの?」
「あ、いや……誤解されたくは無いんだけど、俺昨日失恋したんだ……」
「もしかして……失恋した腹いせにナンパとか、やっぱ最低なんですけど……」
「ちょ、ちょっとちがくて。ただ、聞いてみたかっただけなんだ。そしたら思ったより反応がおかしくなっちゃって……」

 俺は、そのまま言葉に詰まる。言えばいうだけ沼にはまりそうな気がした。

「なるほどね……思い通りに行かない時は人の事なんて考えてらんないからね」
「意外とそういうところは理解してくれるんだな」
「まぁ……あたしも恋愛は苦手だからねー」

 百戦錬磨の様な彼女は恋愛が苦手だと言った。意外な様であり、何となくわかるような気もしないでもない。

「あのさ、あたしと組まない?」
「組むって、いったいなにするんだよ?」
「あんたは、彼女を作る! あたしは彼氏を作る!」
「それって組む必要あるのか?」

 そういうと、彼女は指を振る。

「チッチッチ。わかってないなー、あたしの様な美少女と、あんたみたいな雰囲気イケメンに相手が居ないって事はなにか原因があるんだよ!」
「言いたいことはわかるけど、雰囲気イケメンって……」
「いいとこ、中の上か上の下でしょ?」
「まぁ、それは自分の認識通りだけど……」

 正直自分でもそれくらいだろうと思っていた。バイト先とかではイケメンとかは言われるけど、学校で話題になるほどでもない。ちょうど彼女のいう通りの位置だろうと思う。

「それに、あんたほっとくと何しでかすかわかんないしねー」
「もう大丈夫……だと思う……」
「まあ、それも含めて相談しあえる異性の戦友みたいな?」
「戦友か……」

 彼女は、言葉を遮るように言った。

「だからとりあえずあたしと約束!」

 そういって彼女が言ったルールは3つ。

1.好きな人や気になるが出来たらすぐに言う。
2.悪いと思ったときは謝る。謝ったら許す。
3.お互い変なことをしたら止める。

 彼女は見かけによらず、案外世話焼きなのだろうか。

 聞いた感じ変なことする前に相談しろという事にしか聞こえなかった。だけどその上で言った「恋愛の特訓」というのがすこし気になりながら、その日は連絡先だけを交換して別れた。
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